名古屋のゴミ減量化
2004. 08. 05
8月5日午後1時30分~3時
名古屋市役所環境局ごみ減量部減量推進室主査 市橋和宣氏
事務局庶務係 細江智裕氏
(1) 平成11年2月、名古屋市は『ごみ非常事態宣言』を発し、市民と一体となったごみ減量化にとりくみ、2年間で20%の減量化をめざし、これに成功しています。具体的な方策は、家庭系については、①一部の地域でのとりくみだった空き瓶、空き缶収集を市内全域に拡大。②家庭ごみの指定袋制の導入。③古紙類などの市民による集団自主回収への助成強化。④紙製・プラスチック製容器包装の資源回収。⑤脱レジ袋宣言など。事業系についても産業廃棄物の受け入れ全面中止、指定袋制の導入などです。
宣言後の4年間で、総排出量は横ばいですが、古紙類や空き瓶、空き缶、ペットボトルなど資源ごみの回収率は大きく向上し、約2倍となり、ゴミ量は4分の3に減量。埋め立て量も半分以下に激減させています。
(2) きっかけは、最終処分場の愛岐処分場が平成13年には満杯という見通しのなかで、計画してきた藤前干潟埋め立て計画が、環境、自然を守れという市民運動で中止となったことでした。ごみの減量化しかないという背水の陣にたったことのようです。
市は平成12年6月、7月を『名古屋の暑い夏』として、従来だったら小学校単位が精一杯だった地域説明会を約2300回、全世帯の24%が参加するところまでやった(大都市部で、この数字はすごいことだと、私は思う)。土、日などは午前、午後、夜とやったとのこと。さまざまな問い合わせ、苦情などかかってきた電話は2ケ月で10万本を超えたそうです。市橋氏は、「もういちどやれと言われても、素直にうなずけるかどうか」と、言われましたが、市民の間にも藤前干潟反対の運動を通じて、環境、ゴミ問題への理解もひろがっていましたから、行政のこの不退転の姿勢が真剣に受け止められた。立ち番、分別の教えあい、手伝い、集団収集にと、自発的なとりくみが広がっての成果です。
市橋氏は、「2年間で20%の減量化という目標を決めたとき、自信はなかった。できない理由探しばかりしたときもあるが、できることを考えようと決めたのです」と振り返って語ってくれました。
(3) 非常事態宣言から5年たち、減量のペースも横ばいになっています。大都市は人口の流動も激しい。当時を知る市民も次第に少なくなっています。今後について、「もう一度、市民みんなが心一つにやれること。新たな動機付けが欲しい」と市橋氏。いま家庭系生ゴミの分別収集、資源化のとりくみを試験的に始めています。また実施してみて「容器包装リサイクル法」の不備が資源化の障害になっていることに気がついたと、国にその改正を要望。もっとわかりやすい、とりくみ安いものにしてゆく。リサイクル資源が増え、その費用負担が問題となっています。CO2排出量の減少という環境への効果を考えれば、費用負担だけで後戻りはしない。もっと前へ!リサイクルよりもっと前の問題として、まずは発生の抑制に本格的にとりくむ。今後の柱にすえようとしています。





