2005年 3月議会
2005. 03. 28
一般質問 ■ 広域による新焼却場建設計画の見直しを
最終討論 ■ 受益と負担の原則で、市民の暮らしがまもれるか
最終討論 ■ 議員定数の削減案に反対する
広域新焼却場建設計画の見直しを
3月14日・一般質問
市財政の今後に重大な問題
定岡敏行市議 私がこの議会で、境港市も参加する広域行政管理組合の新焼却場建設問題にしぼるのは、財政再建を理由に市民負担やサービスカットを求める市が、水を燃やすに等しい生ごみの分別など減量化はそこそこに、ごみ処理費用をいっそう重くしかねない広域焼却場の建設をすすめているからだ。
国の制度が変わったことも市民に知らせぬまま
政府は、新年度から『循環型社会形成推進交付金制度』を創設し、相変わらず「5万人以上または400k㎡以上を構成する市町村」という広域化の路線上にあるものの、まずは燃やすごみをどう減らすか・・その目標と計画をそれぞれの地域でたてること、その結果を5年後に検証しあうことにし、焼却場建設もこのなかで位置づけられたものでなければ交付金はださないことにした。この重要な国の方針変更を、ごみ減量化への主役である市民にまったく知らせず、勝手な建設推進が許されるか。
中村勝治市長 新しい制度でも、広域という要件はあり、単独で設置することは困難だ。 確かに平成14年に改修して平成23年より幾分長く使うことは可能だが、他の町村は限界。本市の良いときだけ付き合ってくれとはいえない。
定岡敏行市議 境港のことだけかんがえりゃいいといってない。境港市にとって良い道をさぐることが、他の町村にとってもよいことだからだ。
なぜ、米子を越えて南部町まで!
米子のクリーンセンターは造ったばかりで、淀江分をいれても十分に焼却余力がある。そこまで広域がいうなら、それを広域的に有効に使えばよいではないか。いま大山町のごみを境港まで運ばせ、こんどは境港のごみを南部町まで運ばせるのか。中村市長には米子市長とのトップ会談もふくめ特段のイニシアチブを求めたい。
定岡敏行市議 新制度についてだが、広域が基本だというが、一人一日あたりのごみ量やリサイクルを、いつまでにどれだけ減らすか、循環型社会形成へ戦略的な目標と期限をもってとりくもうといっている。そうはいってもまだまだ焼却場もいるだろう、しかしそれも新しい枠組みのなかで考えたものじゃなきゃと、きめた。ここが大きな変化でこの制度の趣旨の中心点ではないか。県庁に調べにいってきたが、県も「従来の広域化計画と整合しなくても良い。一から見直しがあってもよい」、「大事なことは循環型社会をどうつくるかであって柔軟に対応したい」といっている。いまならことは動く。
中村勝治市長 広域による適正規模での高度処理が妥当だと考えている。いろいろ問題はある。そこは正副管理者会議で議論していきたい。
ゴミを減らす気がないのか、広域は
定岡敏行市議 施設規模にかかわる減量化目標だが、広域は平成29年までの目標を5%と決めようとしている。境港市は、可燃ごみの約40%を占める生ごみの分別収集に事業系から着手し、今年の予算に家庭系の生ごみ分別への準備経費が計上された。山陰エコシステムに聞いたら需要はまだ多い。いま一日18トン処理しているがあと7トンはさしあたり大丈夫だと。年間にすれば2000トンで、家庭系の生ごみをこのルートに乗せれば20%近い可燃ごみを削減できる。それだけで広域全体の可燃ごみをすぐにも6%減らせる。なぜ、5%か。
中村勝治市長 5%は、かっての国の補助基準だったからのようだ。
定岡敏行市議 広域の素案には「(減量化は)ある程度の水準に達している」とまで書いている。境港だけでもこんな可能性があるのに、もうそんなにはできないと判断している。減量化へ真剣な検討をしているのか疑わしい。100億も使う人のする仕事か。
中村勝治市長 ひとつひとつもっともな指摘で、ごみのさらなる減量化に努め、適正な処理規模になるよう私からも広域で議論を出したい。
安くならない建設費。馬鹿高い炉の解体
定岡敏行市議 大きい方が安いというが、そういって平成9年から、全国で100億、200億円の巨大施設が造られてきた。いっこうに安くなっていない。トン5千万円、6千万円もかかっている。中小の専業メーカーと相談してトン4000万円、2000万円とずいぶん安い価格で施設整備をおこない、立派に運営している市町村もある。広域での建設コストはいくらか。またいまある炉を解体する費用が高い。いくらと想定しているか。
武良産業環境部長 市でおこなった大雑把な試算だが約70億円で、市の負担が19億円程度、炉の解体は5億円程度と思う。
新たな市民負担になる運搬費
定岡敏行市議 いまの施設を大事につかって平成29年ごろに更新すれば、20億円程度でできるのではないか。南部町あたりになれば、9倍もの距離を境港のごみが移動する。その費用をいくらと試算しているか。私は、米子市の試算や境港下水道汚泥の運搬実績の数字をもらって試算してみたが、年間4千万から5千万円はかかる。これが境港もち、市民負担。それでも安くなると言えるのか。
武良産業環境部長 運搬費コストはすぐにはだせない。
定岡敏行市議 これだけの大きな事業をやろうというのに、真剣な比較検討もない。住民に相談もしないで、なんの協働か。いったん白紙にもどし、減量化などの本格的な推進へ市民とともに新たな地域計画をつくり、そのなかで焼却場問題も考えるように決断をもとめたい。
重大な指摘。広域できちんと議論する
中村勝治市長 一つひとついただいたご意見はいずれも、どこの市町村にとっても重大な問題で、さらにきちっと整理して、広域の場で私の立場から大いに議論し、つめていきたい。
徹底した情報公開を、市議会も要望
市議会は、『一般会計予算審査にあたっての留意事項』で、市当局に対し「新焼却場の建設にあたっては、積極的な情報公開で、住民への説明責任を果たすよう」求めることを決めました。
一般会計予算、国保特別会計予算に反対
3月25日・最終日討論
福祉や教育予算増額の姿勢は評価
私は議会に出ていらい、小泉内閣の地方財政攻撃のなか住民に優しい単独自立の街をともに切り拓くという立場で予算審議にあたってきました。そして昨年は「ソフト重視への転換、借金依存体質からの脱却に努力、民生費増額など行財政運営の基本にかかわる変化に注目」し予算に賛成しました。
新年度予算案も、医療、福祉、介護などの財政需要に応えつつ、老朽化した学校の計画的な改修事業、乳幼児医療特別助成や心身障害者の居宅生活支援の拡大、余子地区の児童クラブの設置、また市民参画の市政推進への中村市長の意欲をうかがわせるもので、これを評価しています。
広域の新焼却場建設は、市財政と市民に新たな負担をもたらす
しかし、引き続き家庭ゴミの有料化という誤った政策を前提とし、一般質問でも指摘したように、ずさんな計画のまま広域による新焼却場建設の計画に着手する予算となっています。これは住民協力による減量化というごみ問題の基本を妨げるもので、財政的にも、これからの境港市の今後と市民生活に重い負担をもたらすもので、賛成するわけにはなりません。
いっぽうで人間ドック受診料を5900円から8900円に、非課税世帯のそれを1500円から4500円に引きあげようとしていますが、いのちの尊さと医療費の節約に役立ってきた早期発見・早期治療という医療行政としても許されない間違いです。
「受益と負担の原則」論の克服を
こうした医療・福祉施策の後退が『受益と負担の公平をはかる』という理由で相次いでいることが重大です。広がる貧富の差でそういう『受益と負担の原則』に耐えられない階層があるからこそ、行われてきた社会福祉政策ではありませんか。それをすべて『受益と負担の原則』で切り分けてゆくとしたら、その負担に耐えられない市民はいったい、どこへ行けばよいのでしょうか。人間ドック受診料の引き上げは象徴的で、市政とはなにかの真剣な検討を求めています。このまま容認することはできません。
議会の弱体化をもたらす議員削減に反対
3月25日・最終日討論
議員の果たす大きな役割に確信を
提案者(長谷市議)は、財政改革への貢献だというが、新人議員ながら私はずっと、公共下水道事業とかゴミ問題など、数億、数十億の節約につながる議論を当局としてきました。黒見前市長の入院お見舞いのとき、黒見さんが「定岡さんには大変良い勉強をさせていただいた。定岡さん指摘の公共下水道事業の見直しと平成20年ごろに集中する職員の退職金問題、この二つを解決すれば大丈夫ですよ、境港市は充分やってゆけますよ」と言われたのを想いだす。議員も大きな仕事ができるだと実感したのですよ。
多くの意見があってこそ議会は生きる
南條議員にしても良い提言をして市政を動かしている。森岡議員も中学校給食で働かれたし漁業分野のことなどたいへん参考になる。さまざまな分野からさまざまに市民の声を代表する議席があるから、学びあい交流しあい、市政運営によりよい効果を発揮できるのではありませんか。
そういう議会、議員の役割は、二人の削減分=1500万円にも及ばないと、提案者はお考えか。情けないかぎりだ。
いまでも機能不全になりそうな委員会審議
その議員数が境港では、いまでも法定数から6名も削減され、常任委員会はわずか6名、委員長除けば5名で機能不全になりかねない状態だ。もっと減らそうと議員自身が言うとは、信じられない想いだ。
これ以上の定数削減は、市民の多様な声を市政に反映するという議会の基本的役割に照らして、またその議会の機能をいっそう弱体化するものであり、断固として反対です。
市民の怒りが問うのは、議員の質だ
本来、自分たちの代表のはずの議員を減らせという声が、市民からでるのはなぜか。「議員が何人いても生活は良くならん。役に立たんなら減らしてしまえ」というものだ。景気は一向に回復をしない、リストラで職を失い、医療費があがり年金が減る、政治家はいったい何をやっているのだという、不信感であり、怒りだ。
その自信がないなら、ご自身がお辞めなさい
問われているのは議員自身の質。不信、怒りを払拭するには、我々一人一人が、また議会として日夜研鑽し市民の付託に応えられるよう真剣に努力することだ。それを放棄して「そうですか、そんなら減らします」では、提案者みずからが「みなさんのおっしゃるとおり、自分たちはそんなもんですよ」、「議員として失格ですよ」と認めるようなものではないか。
ならばご自分がおやめなさい。だれも引止めやしませんよ。でも大事な議会の機能まで、自殺行為にまきこまないでいただきたい。





