アリゾナの大地をゆく

 

2010年10月、所用があって娘のいる San Francisco へ。せっかくのアメリカだったので、羨望の地であったAntelope Canyon へいってきました。Grand Canyonにも行ったのですが、どちらかといえば、行きたいナンバーワンは、娘ともども“アンテロープ ! ”と一致してのTripです。


アリゾナの大地をゆく

10月29日早朝、San Francisco 空港からアリゾナ州のPhonix空港へ飛び、そこからシャトルバスで、Grand Canyonへの入り口の町となるFlagstaff。そこから予約していたレンタカーで、もうユタ州に近いPageという町までドライブです。
出発前から  Google Earth でルートを検索、すごいものでそのコースを画面上で走ってみることができる。何度かイメージトレーニングして「これはいける!」と思っての決断。
娘がナビ、私が運転。始めての国際免許で海外の運転。ハンドルは左、走行車線も反対。多少の交通ルールの違いも・・・。ときどき車線を間違いかけながらも、さすがのアメリカ、道路は広々、ほとんどまっすぐの89号線を快適なドライブでした。

午後1時ごろ出発し途中寄り道したので、私たちが着いたのはもう夕刻でしたが、まっすぐ走れば3時間ぐらい、約220kmのドライブでした。


Horseshoe Bend

Pageの町に入る少し前、立ち寄ったのが有名なHorseshoe Bend。馬蹄の形に似ているのでこの名前がついています。 蛇行したコロラド川が造りだした光景です。


撮影中の私。足元は絶壁

予約していたホテルBest Western At Lake Powell Hotelへ直行し、まずは一休み。そう高くもない(アメリカは1部屋いくらの料金設定。9500円ほどでした。)のに小奇麗なホテルで、多くの宿泊客で結構なにぎわいでした。
町へでて中華料理店を見つけて食事。かわいい娘さんが注文聞いたり運んでくれたり。
「中国からですか?」と、彼女。
「いいえ、ジャパン」と答えると
「おしんが好きでよく観ました」などと、彼女はまだ片言の英語で会話。広東省の出だそうです。食事も美味しく、次の夕食もそのお店へいったのでした。親戚を頼ってきたという彼女。この先に幸せ多いことを願って店を後にしたものでした。

 

憧れのアンテロープ

Pageという町はかなりな高地にあり、空気は澄んで風はさわやか。小さな町ですが避暑地にはもってこいの町のようです。ここが Antelope 観光の拠点です。 ちょっと走ればもう見渡す限りの赤茶けた荒野で、その一角に Antelope Canyon と呼ばれる区域があります。Upper Antelope とLower Antelope に分かれています。
一帯はナバホ族居留地内でナバホ族によって所有され、観光客はガイドのついたツアーのみ入ることが可能で、個人が勝手に入ることは禁止されています。実際行ってみたら、とても一人で行けるところじゃないのですが。
翌日、午前9時半にツアー出発。私たちのシャトルは6人ですが、他にも数台のシャトルが動いています。
ここが“奇跡の渓谷”への入り口。この写真をみれば、どんな地形のところなのか、ほぼお分かりいただけるのではないでしょうか。
Grand Canyon は日本でも有名ですが、ここはまだあまりメジャーじゃない。ここで、Antelope Canyon の成り立ちについてについてネットで集めた情報から紹介しておきます。

アンテロープ・キャニオン(英名:Antelope Canyon)は、アメリカ合衆国アリゾナ州ページ(Page, Arizona)近郊の、ナバホ族の土地に位置する渓谷。アメリカ南西部では、最も写真撮影され多くの人々が訪れるスロット・キャニオン(幅の狭い渓谷)である。
アンテロープ・キャニオンは、周囲の砂岩(ここではナバホ砂岩)の侵食によりできた何百年にも及ぶ地層を形成しており、これは主として鉄砲水のほか、風成の侵食によるものである。特にモンスーンの時期に降る雨水はアンテロープ・キャニオンの一部である谷間を流れ、より狭い通路を流れるにつれ水は加速して砂を拾いあげる。その後長い時間をかけて通路が侵食されると、狭い通路は更に広くなり岩の鋭さはより滑らかにされて、岩の「流れる」ような特徴を形作る。こうして独特の岩の通路が、長い時間をかけ完成された。

現地のツアー会社を紹介します。いくつかあるようですが、私たちが利用したのは、Antelope Canyon Tours,Inc というところ。Page の町中にあります。日本からネットで予約できます。いや私は、こうしたことは全部、娘まかせだったのですが・・・。日本語サイトは、こちら です。 ここで今回のドライブマップもふくめた地図を入れておきます。


 
 

光と岩が織り成す芸術

渓谷といっても人が一人、二人と通れるぐらいの狭いものですが、天から落ちてくる光が内部の岩を美しく映し出すのです。その光と影、浮かび上がる色と形はもう、場所により時間により千変万化です。
有名なのは、まっすぐ落ちてくる光のビームの画。

288px-USA_Antelope-Canyon.jpg

光のビーム。残念ながらこの写真は私のものではありません。ツアー会社のネット広告から借用させていただきました。

こんな神々しいシーンに胸をときめかせていったのですが、やはり自然はそんなに甘くはない。
ガイドによれば、こういう光景は8月に限られるのだそうです。考えてみればそうですよね。
ですが、ここまで来た甲斐はありました。ツアーですから自分勝手はできません。シャッターを押し続けるばかりだったのですが、時間があればこの光のなかにズーッと身をおいておきたい、荘厳にしてなにか母の胎内にあるような安らぎを覚える空間でした。
それにしても、晴れていてよかった。陽が差していなければ、この光景はないのですから・・・。
つたない写真ですが、いくつかお楽しみください。娘が撮った写真も含まれています。写真はクリックで大きくなります。

 

アンテロープでの撮影


写真ということからいえば、実は失敗したのです。ご参考になればと思って書くのですが、三脚を持参していたのにホテルに忘れてしまったのです。

内部はとても暗く、感度を最高にあげても手持ちで可能なシャッタースピードは確保できず、岩に肩や頭をつけたり努力しましたが、シャープな映像になりませんでした。このPCでごらんいただく分には誤魔化せそうですが、ブレまくりです。

ただ、オフシーズンだったこの季節でも観光客の行き来は激しく、三脚をたてた撮影はかなり困難だったと思わざるをえません。
当然のことですが、フラッシュは禁止です。光と影が織りなす光景を、フラッシュ炊くバカはいないでしょうけど・・・。いや、いたのです!けど。
行こうと思われる方には、午前のツアーと一脚のご持参をお勧め。洞内を往復しますから、往きはロケハンとし復路で撮影に望めば言うことなしではないかなあ。
私にはもうそんな機会はありませんが・・・・・・・・ ?


帰路、関空から米子の車中で、見つけた言葉をご紹介。
「旅の魅力は?」と聴かれた、女優・蒼井優の答えです。

 
「私の視野を広げてくれることですね。旅先で、これまで想像すらできなかったものを見たり体験すると、“ああ、本当に世界は私の知らないことばかりなんだ“って、そう思うと好奇心を刺激され、もっともっと旅にでたくなる」
------HIGHWAY MAGAZINパスティ NOV-DEC 2010 より

 

グレン・キャニオン

30日午後は Lake Powell からユタ州にも続く Glen Canyon をドライブ。


グレンキャニオンダム

Lake Powell はコロラド川を堰き止めた人造湖。ダムの横にあるビジターセンターの解説では、ダムの建設に10年、満水になるまで17年もの時間がかかったのだそうです。湖の全長は300kmを超すのだと。日本に置き換えれば、東京から名古屋を超す距離 ! 人口8,000人ぐらいのこの Page いう町も、このダム建設のためのキャンプが始まりとのことでした。


レイクパウエルとタワービュート

向こうに見える塔のような岩山が Tower Butte (タワー・ビュート)です。青々とした湖の向こうにはるか彼方まで続く赤茶けた岩肌が不思議な光景をつくりだしています。映画『猿の惑星』のロケ地にもなったのだそうです。


ローンロック、孤独な岩と名がつくビュート

このルート89Aをまっすぐ走ればユタ州。州境の看板前で記念写真をとってローンロックへドライブ。これで私が踏んだアメリカの土地は、オハイオ、ケンタッキー、カルフォルニア、アリゾナ、ユタの5州となった。
さすがこの時期、ここまで足を伸ばす観光客はそういないのか、途中にあったナバホ族のお土産売り場もほとんど店じまいです。
この夜は Page にもう1泊。星の近い静かな夜。

 

グランド・キャニオンへ


道路は広く快適なドライブ

31日朝、Grand Canyon に向かってドライブ開始です。来た道89号線を下り、Cameron という町から64号線に右折。East Entrance Station をくぐれば Grand Canyon です。約230kmの距離、途中休みながらの約3時間のドライブ。


森林地帯をゆく

山岳地帯ということで予想していたクネクネ道路はなく、ここも整備の行き届いた幅広い道路を、アリゾナの大地、どこまで続くかと思わせる樹林帯を快適に走ることができました。


ナバホ族の露店

沿道にナバホ族の民芸品を販売している露店があります。色づかいが多彩ですね。もともとこの一帯は原住民ナバホ族が住んでいたところ。現在も居留地として保護されています。


ナバホ族居住跡=Tyusan Ruin

さあ、いよいよ Grand Canyon の入口です。Desert View、Grand View 二つのビューポイントをめぐってホテルにむかいました。
初めて見るこの光景。感動の一瞬です。


デザートビューから見るキャニオン

今夜の宿、Grand Canyon Villege の Maswik Lodge はシカが出迎えてくれる森林のなかのロッジです。オフシーズンだと思うのにロッジは人がいっぱいです。大きな食堂で昼食をとり、車で乗り入れOKということで、午後 Yaki Point と Yavapai Point へ。
そして夕刻、夕日狙いに Pima Point に向かってシャトルバス。環境保護のため車は乗り入れ禁止区域で、15分おきに無料のシャトルバスが運行され、ずいぶん便利です。陽が沈んでなお1時間くらい、たたずんできたことでしょうか。
翌日は朝6時に、車で再度の Yavapai Point へ。朝日に輝く(と言われた)Canyon をカメラに納めに。

Grand Canyon には、日本語の立派なパンフレットも用意されています。それだけ多いのでしょうね。若者たち6人連れの日本人ツアーとも出会いました。にぎやかなのは韓国人や中国人風な観光客たち。数多くいらっしゃっています。

 

写真をもう少し

ビューポイント自体、海抜2000m超えの地点にあって、なんと440kmに及ぶという広さ、切り立った崖は深いとろで1600mというのですから、日本では想像もできない景観です。
水と風、400万年という時が造り出した、遥か彼方まで続く光景です。人類の歴史を超えた地球誕生の歴史に立ち会うかのような感動を覚えます。 同時にそれがは、人間の営みの小ささとその短い人間の営みの大きさを考えさせます。


しかし、いくつものビューポイントをめぐっていると、どこも同じ目の高さから下を俯瞰するばかりです。
当然、岸壁の形状の違い、時間帯による色の移ろい、ときおりの奇岩に目を引かれることもありますが、だんだん、こんなものかという気持ちが生まれたのも否めません。


バッグ背負って谷へ降りてゆく人たちもたくさんいました。半日コースだったり、一泊コースだったりするようです。
現地で見た写真集には、トレイルならではの数々の素敵な景色がありました。まったく違う景色の会えることでしょうね。元気な方は、ぜひ余裕をとったトレイルのおすすめです。私にはとてもそんな自信はありませんから・・・。
あとはもう下手な言葉より、写真でお楽しみください。写真をクリックすれば大きくなります。







大山山頂を超える高地、季節は10月末と、万全の寒さ対策をして行ったものですが、さしたることはなし。陽射しは暖かく、ゴク普通の服装で過ごせたのです。が、それはたまたまのことかもしれませんのでご注意を。

 

ルート66を走った

11月1日朝、Yavapai Point から帰って、朝食もとらずにすぐロッジを出発。帰路のドライブです。途中でレストランやトレーディングポスト(日本でいう道の駅?)に立ち寄りながらルート64を下ります。


こういう荒野に家屋が点在しています

やはりナバホ族の民芸品がお土産のメイン。妻に壷、友達にナバホデザインのテーブルクロスなどゲットして、途中からルート180に入って、ルンルン気分で Flagstaff へ。距離にして120km、およそ4時間かけて、正午予定のギリギリのセーフでレンタカーを返却。


ドライブの拠点となったフラグスタッフの駅

Phoenix 行のシャトルバスまでの待ち時間、Flagstaff の町を探訪。ちょっと走れば砂漠とは思えない、小奇麗な町です。駅舎は歴史を感じさせるレンガ造りで、日溜りのベンチにはゆったりした時間が流れています。時々、西から東へ、コンテナを2段に積載したとてつも長い貨物列車が走り抜けていくのです。いったい何両編成だったのか、数えておけば良かったと反省するくらい長いのです。見送るばかりで写真撮っていなかった。
帰国してから流通経済論がご専門の柴田悦子さんとお話する機会があったのですが、彼女からこの列車の話がでたのにはびっくりしました。西海岸から東海岸へコンテナ貨物を輸送する『ダブルスタック』という貨物列車なのだそうです。


フラグスタッフの街と看板

Flagstaff は交通の要衝で、アメリカ建国の歴史に残る、”マザーロード”とも呼ばれたルート66も通った町。
いたるところに{Histry Road route 66}といった看板がたっています。
何年か前、『ルート66をゆく・・アメリカの保守を訪ねて』という本を読んだことがありますが、保守かリベラルか、簡単には割り切れない、移民、人種問題、宗教、否定される進化論などなど、アメリカ社会の複雑な姿を著者がルート66沿いに探訪しながら、描き出していたのを思い出しながら、レンタカーを返却前にルート66を少し走ってアリゾナの旅を終えたのでした


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