先だってはキューバで仲良しになったカストロおじさん、来宅の話を書いた。徳島の方からはスダチも届いた。今日は、もうひとつの余波の話。
お盆のころだったと思うが・・・・・。
先だってはキューバで仲良しになったカストロおじさん、来宅の話を書いた。徳島の方からはスダチも届いた。今日は、もうひとつの余波の話。
お盆のころだったと思うが・・・・・。
連載で紹介できなかった写真から一部まとめてみました。
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キューバをしる手がかりになれば幸いです。
キューバは1492年、コロンブスによって「発見」された。着いたのはいまのオルギン辺りとのことだが、かれは、「人間の目がみたいちばん美しいところ」と評したのだという。
スペイン人による植民地とされ、島にいた20万とも30万人ともいわれていた先住民族は、強制労働や疫病によってほとんどが絶滅したといわれる。イギリス、フランス、ポルトガルなどの海賊の度々の襲撃の場にもなり、モロ要塞などが建設された。
キューバに入って4日目ぐらいからお腹の調子が狂った。不規則な睡眠、なれない食事、疲労からだろう。そこで一番付き合いの深まったのがトイレ。
ナニが流れないところなどいくつも。あるレストランでは、ほら、なんて言うんだろう、馬蹄のような形をしたやつ。男が小便するとき、あれは立てとかなきゃ汚れるじゃないか。ところがしゃんと立たない!立てておいておもむろに両手でズボンのファスナーに手を伸ばし・・、バタン!なんどやってもだ。がまんして出てきた。
私たちが泊まったホテルは、それぞれ立派できれいだった。ハバナでは新市街にあるオキシデンタル・ミラマール・ホテル。24日、25日は、ではスペイン外資系のメリア・サンチャゴ・デ・クーバ・ホテルだった。
もう少し、暮らしぶりのこと。
車中、私はスサーナさんに、「家庭では男女、どちらが主導権を?」と聞いた。「もともとスペイン系。マッチョな男の国だったが、革命後すっかり変わった。いま、私が稼いだ分は私のもの。だけどよく相談する。最後は夫がリードすることが多いかも」との答えだった。
まずは旅の概況について。

日本キューバ友好協会企画、富士国際旅行社が運営。多くは年金生活者ですが現役世代もふくめ82歳から30代女性まで混在の、添乗員含めて18人の旅でした。
添乗してくださったのは尾島礼子さん(写真右)。現地で6日間、ガイドをしてくれたのは、ガルシア・リベロ・スサーナ・マリアさん(真ん中)。左は現地のコーディネイター是永礼子さん。
ガイドのスサーナさんは、ハバナ大学外国語学部助教授も勤められている。
ご無沙汰でした。キューバ友好と交流の旅から帰ってきました。強行日程に暑さ、水と食べ物にやられ下痢ぎみ。からだはクタクタですが、刺激的な国づくり、熱いキューバ革命、陽気な人々との出会いに、気分は最高!です。