古き良き友が来た

「いま妻木晩田遺跡まできている」・・突然の電話に40年前の記憶がよみがえった。
青雲の志を抱いて上京した私は、読売新聞北阿佐ヶ谷出張所に住み込みで働きながら演劇活動にいそしんだが、その東京での初めての日々をともに起居した友人からの電話だった。何年ぶりになるだろうか。30数余年?! 翌日の19日、出雲風土記の丘で出会い、お昼を一緒にした。

その後私は、演劇活動から青年運動への進み、彼は青年運動から民主的な医療機関の活動に加わっていたが、10年ほど前、奥さんが大病を患い、二度とない二人の人生を悔いなくと定年を早めて退職し、ともに旅行したり思索したりの日々だとのこと。
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いま愛国心を強要する動き募るなか、愛すべきこの国とはどのようなものか・・そもそもの成り立ちにかえって知ることが大切だと、全国各地の遺跡を訪ね歩き、こんどの山陰旅行になったのだという。

彼が熱く語ったことの10分の1も理解できていないだろうが、この20年、日本の考古学は飛躍的な進歩をとげ、地中から解き明かされる事実の一つひとつが、文字に書かれてきた天皇中心の歴史観を覆してきているのだという。
それぞれの生きてきた分野は違えど、人々の暮らし向上と社会進歩のためにと、時代とまっこう関わって生きてきた、お互いの越し方を語り合ったのだった。

昔のまんまの、相変わらずの元気だった。運転のため飲めない男二人をそばに、生ビールを美味しそうに飲んでいた奥さんも、お元気でよかった。

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