時代遅れはどちら?

6月市議会が終わった。議会報告はもう少しお待ちいただきたいが、最終日の討論だけは昨日、アップしておいた。

教育基本法改悪に反対する陳情不採択に対し、私と松本煕議員が反対討論に立ち、松下克議員が賛成討論にたった。討論にもたたぬ議員より立派と言いたいが、この賛成討論の趣旨は、教育基本法に反対する意見を、“戦後60年もたって時代は変わった。教育基本法も変わらねばならない。それに反対するのは時代遅れ”というものだった。

“60年もたてば古い、新しいもの、時代にあったものを!”という小泉流の空疎な論。どこが時代にあわないのか、どこをどう変えなければならないのか、教育や社会の現実を踏まえた中身の議論はまったくない。情けないことだった。

67.jpg


ふれあい福祉まつり
6月18日・みなとタワー


世の中、古くなって腐るものもあれば、時を経てますます光り輝くものもあるものだ。社会の進歩へ、なにを捨て、なにを継承するか、その峻別で人は政治的感性、時代感覚を問われるのだと、思うが。
止むことのないように見える戦火の日々だが、EUで東アジアで、中南米でと、国際政治の底流で広がる“対立から友好の世紀への大きな変化”など、この方たちには見えない。この大きな変化のなか、時とともに光増す教育基本法や日本国憲法九条のことも、この人たちには見えないのでしょうね。どちらが“時代遅れ”なのでしょうか。

明日は、注目をあびた竹島の領有権決議をめぐる議論について書く。

Comments.

Post Comment.

(公序良俗に反するもの、悪意ある投書を防ぐため、管理者承認ののち表示させていただきますので、ご了解ください。)

名前:

メールアドレス:

URL:

この情報を登録しますか?

コメント: (スタイル用のHTMLタグが使えます)

Trackbacks.

このエントリーへのトラックバックURL:
http://www.sadaoka.net/mt/mt-tb.cgi/82