貧困と自国満足度
でも、農民の状態を問う私の質問にガイドはこうも答えた。「まだまだです。機械は少しだけで耕作はほとんど手作業。儲けは少ししかなく農民は大変です」。また医療保険制度について訊くと、「都市部でもまだ半分程度。農村では保険も知らない」のだと。正確な話かどうかよくわからないが、まだまだということは事実なのだろう。

水上の家
郊外の河の岸辺には、遠目にも水没しそうなバラックが続いていた。ベトナム戦争で家を失った農民が逃れてたどり着いたところとのことだった。政府は川辺への道路整備とあわせて、これらの家を買い上げ、新たな住宅への移住政策をすすめているのだという。川上の方から道路工事が進んでいた。

国道沿いの露店
外人を見つけてはすくい上げるような眼差しで「おなかペコペコ」と帽子を差し出す裸足の子どもがいて心痛んだが、貧困の克服はベトナム社会の大命題なのだろう。帰ってきた読んだ元日付「しんぶん赤旗」で、いまベトナム訪問中の共産党志位委員長の対談があり、昨年1月に出されたIMF(国際通貨基金)レポートによれば、1993年に58%だった貧困率を2002年には20%まで減らしたのだと書いてあった。そしてベトナム支援国際会議は「世界の経済発展におけるもっとも成功した例」として評しているのだそうだ。
それでもこの現実なのだ。だが、ここには希望がある。

これからバナナを出荷するのだろうか
いつ、どこで聞いたか忘れたが、自国への満足度という国際比較があり、ベトナムは4位だという。貧しくともこの国に、こうして生きてあることを幸せに思える国。「豊か」といわれる国で、不安と危険に苛まれていき続けることになったこの国。どこを間違ったのか、私たちの国は・・・。
決して「貧しい国に帰ろう」などというのではなく、利潤第一主義、競争社会の総括、もう一つの日本の在りようを考える材料が、ここ、ベトナムのいまにあると感じたし、それはこれからのベトナムの国づくりの参考になるのではないだろうか、と思った。







さすが旅行といってもただじゃ帰らないのが定岡さん。すごい観察力。いつも感心しながら、楽しみに読んでます。それにつけても鳥取県議会議員の海外視察は3年間でのべ88人と言うじゃありませんか。たしか定数は38人でしたよね。だから一人2-3回は海外視察してるってこと。ある女性議員なんかデンマークにニューヨークに、モンゴルにデンマークへとよく出かけてらっしゃるワー。自費で行ってもらいたいものですね。
Posted: minato no yoko | 2007年01月16日 00:20