ホーおじさんの思想
3日、私たちはクチ戦跡に行った。戦争前、クチは木々や果実にあふれる緑と実りの豊かな土地で、農民たちは平和に暮らしていた。しかしここは、アメリカ傀儡政権のあったサイゴン(いまのホーチミン市)の北70キロという戦略上の要衝に位置し、米軍の激しい攻撃の地となった。

小柄な人間がやっとのトンネル
地上はナパーム弾、火炎放射器で家々を焼き尽くされた。枯葉剤がばら撒かれ死の土地となったが、いまは歴史遺跡区域として保護され、大切な歴史教育の場、観光資源として生かされていた。
地上を追われた農民たちはトンネルを掘った。その長さは、このクチだけで250kmにも及んだといい、地下に炊事場、作戦指揮室、サンダル工場、軍服の製造工場、生活と戦闘に必要なあらゆる場が作られていった。代表的なものが残されていたが、密林のなかにはいたるところにワナや落とし穴も仕掛けられた。クチの農民は、この地下から神出鬼没、“鋼鉄の土地、銅の城壁”と呼ばれる不屈の戦闘を続けたのだった。

入ったトンネルから出られない私
樹木の根っこに傍目にきづかぬ空気口があり、炊事場の煙で探索されぬよう、離れたところに煙突が作られ、写真を見てもらえばわかるが、トンネルは入り口も内部も実に狭い細い。私たちには数mと通り抜けることができないほどだった。それは体の大きい米軍の進入を阻むためだったという。
米兵は「ベトコンはどこにもいないが、どこにもいる」と恐怖におののいたといわれ、戦後、この地をみた西欧の建築家が「きわめて合理的で精緻な構築物」と評したのだと聞いた。

ホーおじさんの像
こうした闘いのなかでも、農民たちは地中で歌い、踊ったという。昼は米兵と戦い、夜は月明かりを頼りに田んぼを耕したと説明された。そこには正義は勝つという確信、“腹が満ちてこそ人は闘える”というホーおじさん、ベトナム解放戦線、ベトナム共産党の指導者だったホーチミン氏の思想が息づいていたとガイドは語っていた。
戦前の日本は、“贅沢は敵だ”、“欲しがりません、勝つまでは”と叫ばされたのだったと、思い出して聞いていた。







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