ベトナム体感記---(8)

戦場で日本共産党の論文が
ベトナムを語るときに忘れてはならないと私が思う二つのことを書きとめておきたい。

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日本コーナーの展示
戦跡博物館には、ベトナムに連帯した世界各地の運動も数多く展示してあった。そのなかにひときわ目立ったのが日本の活動記録だった。全日自労のゼッケンあり、新日本婦人の会のビラあり、しんぶん赤旗、党のステッカーなどが展示されていた。このステッカー、私は覚えていないが妻は見たとたんに「これ貼ったよね」。
一つは、ベトナムに連帯する国際的な活動で日本共産党が果たした役割についてです。
この勝利がベトナム人民不屈の闘争の成果であることは言うまでもないが、そのたたかいを包んだ国際的なたたかいの成果でもあった。「世界の憲兵」のごとく振舞ったアメリカを押し止め交渉のテーブルにつかせるには、「この戦争が侵略戦争であって、ベトナムにこそ正義がある」という正しい見方を広げ、アメリカに戦争の中止を求める国際的なとりくみが欠かせなかった。私たちはそれを当時、反帝国際統一戦線といっていた。
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日本のコーナーの展示
本来なら当時、「社会主義」を名乗っていたソ連や中国政府がその陣営にあってしかるべきだったが、フルシチョフのソ連はアメリカを美化し、中国の毛沢東はソ連との対決こそ先と、結局ベトナムに背を向け続けていた。しかし日本共産党は、ベトナム侵略戦争をやめさせることが国際政治の焦点だと、終始一貫、反帝国際統一戦線の強化のためにたたかった。ソ連共産党や中国共産党とも厳しい論戦、交渉をおこない、世界に働きかけた。そのために発表された諸論文は翻訳され、戦場で、トンネルで、学習されベトナム人民を励ましたのだった。

Comments.

ハノイには昨秋行きましたので、横レス失礼します。
常夏で商業都市のホーチミンとは違い、四季もあり、レトロな風情が漂う、とても素敵な湖畔の町です。
残念ながら歩道には段差が多く、バイクの駐車で占領されていることも多いので、移動には車道を使うことになろうかと思います。そして行きかうバイクの量は、ここの日記を参考にしていただければよいかと思います。
ただ、責任を持ってお答えはできませんが、ベトナムはバスツアーが充実していますし、旧市街の細かな道もシクロツアーで回れるし(松葉杖の人が介助されながら乗りこんでいるのを見ました)、工夫して楽しむことは出来るかと思います。そこらの流しのシクロには乗らない方が安全ですけどね。
アオザイツアー、スケッチトラベルなど、日本のツアーデスクもありますので、相談できると思いますよ!
ぜひ行ってみてください!

コメントありがとうございます。思わぬところからも見ていただいているのですね。今回のベトナム体感記は(9)をもって終わりとする予定です。せっかくですのに、ごめんなさい。また折に触れて書くつもりです。
ハノイではなくホーチミン市だったのですが、車椅子で自由に動けるかどうか、なんとも即答しかねます。戦争で手足失った方たちでしょうか、車イスの様のもので市内を動いていらっしゃいました。ただホテルや道路、トイレなど、介助者無しには困難があるのではないでしょうか。
ぜひ挑戦してみてください。

次の 9 10 11 を期待してます。
車椅子で ハノイ 自由に動けますか?
いってみたいとこです。
岡山からいつもみています。

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