「生活安全条例」考・・4

昨日帰宅したら、注文していた光文社新書『犯罪不安社会』という本が届いていた。
法務総合研究所や国連犯罪司法研究所の研究員も務め、犯罪白書の執筆にも携わり、現在は龍谷大学大学院法務研究科教授の浜井浩一氏と社会学者芹沢一也氏との共著。かすむ眼でがんばって読みきったが、一方的な主張ばかりがありがちなこの分野だが、これは事実をきちんと抑えた確かな本だった。

(1)
シリーズ(2)で、「少年が加害者となるいわゆる「少年刑法犯」の統計はあっても、幼児、少年などが被害者となった事件の統計はない」と書いたが、別な視点から明らかとなる統計がこの本に紹介されていた。警察庁ではなく厚生労働省が所管する『人口動態統計』に。この本からスキャニングして二つのグラフを紹介しておく。

《図-1》『加害に基づく傷害および死亡人員の推移』
クリックで拡大

《図-1》『加害に基づく傷害および死亡人員の推移』と《図-2》『年齢別加害に基づく傷害および死亡人員の推移』がそれだが、《図-1》は、他殺によって死亡した者の推移で、明らかに減少傾向にある。《図-2》は、その内、被害者が0~4歳、5~9歳の子どもの数の推移だ。子どもを被害者とする殺人事件は、長期にわたって減少傾向にあることを示している。
《図-2》『年齢別加害に基づく傷害および死亡人員の推移』
クリックで拡大

『人口動態統計』は、国際比較が可能なようにWHOが定めた世界統一基準で分類・作成され、信頼性が高いのだという。
事実と相反する「凶悪社会神話」がなぜ横行したのか、「犯罪の厳罰化、監視社会化」がなにをもたらすのかを、この本は迫っている。
(2)
この本に紹介されていた朝日新聞への二つの投書を転載しておく。

近くの公園を散歩していたら、桜の木のわきの細い道に、白い袋が転がっていた。小学校の通学路にあたり、児童の落し物と思い手に取ってみたら、確かに小学校の学校名が見てとれた。
そこへ数人の児童が運よく通りかかった。「落とし物だよ」と差し出すやいなや、カタカタとランドセルを鳴らして逃げ出した。
相次ぐ園児、児童殺害事件で、見知らぬ人の誘いに乗らないようにと、学校で口酸っばく教え込まれているせいなのだろう。むなしくなった。人を信じてはいけないという悲しい現実。世の空虚さを覚えた。(中略)人を見たら疑え、寄り道をするな。人命擁護が大事とはいえ、小さいころに植え付けられた人間不信はたまらないと思う。警察やパトロール隊に通報されなかったのが幸いだと思い、袋を桜の技にぶら下げた。


  ・・・これはお年寄りの投書

子どもたちを人が信じられない子に育てたくないが、事件が起こる度、やはり私も子どもたちに「知らない人がお菓子をあげるつていっても、ついていっちやダメよ」と話をしてしまう。
先日、散歩に出かけた時、手をポケットに入れたまま、子どもたちを乗せた乳母車に近付いて来るおじさんと出会った。
おじさんは手を出し「かわいいねぇ」となでようとしただけだったが、その頃、刃物をポケットに隠し持ち、いきなり子どもを切りつけるという事件を聞いた直後だったので、血の気が引いた。

  ・・・そのお年寄りの投書を読んだ女性からのもの
本は、不安にかられるばかりの対応がもたらすのは「相互不信社会」だと警鐘する。
(3)
境港市議会に上程されている「生活安全条例」について書いてきた。事実と違う「子どもをめぐる凶悪犯罪が増えている」と言い立て、「自らの安全は自らまもるは市民と保護者の努め」と、パトロールの強化、見守りの日常化だと、行政が競い合うように乗り出す。
その行き着くさき、将来の地域社会の変貌に、この方たちは責任をとる気があるだろうか。

なぜいま「生活安全条例」なのか? 警察行政の変貌、不安社会とマスコミなど、まだ書きたいことはあるが、とりあえずここまで。
いろいろお読みいただきありがとうございました。ご意見お寄せいただければ喜びます。

Comments.

選挙戦の真っ只中でお忙しくされていることでしょう。今年1月に出版された、吉原直樹氏の岩波ブックレット「開いて守る(副題は、「安全・安心のコミュニティづくりのために」)」は、「開かれた世界」と「閉じるコミュニティ」の現実のなかで、統治型の「安心・安全のまちつづくり」でなく、協治型セキュリティを提案しています。また、斎藤貴男氏は、著書や講演で、自らの自由を失ってまで、国家権力に守られようとする、普通の市民の意識や心のありようを指摘しています(「安心のファシズム」岩波新書など)

議案がでて今回、初めて生活安全条例を深く勉強してみました。地域のこれからを長い目で考えるときに、難しい問題ですが、やっぱりいま言っておかなければと、思ったものでした。
寛容のある地域を守りたいものです。

子どもたちに、「人は信じられるよ」とストレートに言いにくい日本の社会の現状は、どうしても変えなければならないと思います。性善説でも性悪説でもない、先入観を排したありのままの人間観(人を見る目利き)を養わねばと思います。子どものころから、喜怒哀楽などの感情を素直に表現したり、群れたり、じゃれ合ったりの体験が本当に必要なのでしょうね。私たちの日本改革の事業も、自覚した人々の信頼の上に立った連帯の取り組みですから。

Post Comment.

(公序良俗に反するもの、悪意ある投書を防ぐため、管理者承認ののち表示させていただきますので、ご了解ください。)

名前:

メールアドレス:

URL:

この情報を登録しますか?

コメント: (スタイル用のHTMLタグが使えます)

Trackbacks.

このエントリーへのトラックバックURL:
http://www.sadaoka.net/mt/mt-tb.cgi/267