貧困と憲法

昨日、NHKに、雨宮処凛(かりん)さんという若い女性が登場し、「若者を襲う貧困が戦争、だから改憲への期待を膨らませている」という指摘をしていた。以前から気になっていた人なので、少し前にしんぶん赤旗にでた彼女の発言を、これは『岩美発・かっちゃんブログ』からの転載で紹介しておきたい。

雨宮処凛著『すごい生き方』
ここ十年くらいずっとかかわってきたのが、精神的に不安定でリストカット(自傷行為)したり、自殺してしまったりする若者の問題です。自分自身がずっと生きづらくて、フリーターで不安定で、「世界のだれにも必要とされていない」と感じてもがいてきたから。うつ病で働けない、バイトが決まんないっていうんで自殺してしまった子のお葬式にも何度も行きました。何で死ななくちゃならないんだ、社会のいびつさに原因があるはずだと思っても、それが何なのか、全然分からなかったんです。
それが、一年前にネットで「プレカリアート(不安定なプロレタリアートという意味の造語)」という言葉を知ったんですね。「精神的不安定」という自分の問題意識とつながって、それがきっかけで新自由主義についての講演を聞いたんです。
自分が向き合ってきた生きづらさは、この10年、新自由主義によって日本で生存権が切り崩されてきたからなんだと、そのとき初めて分かった。精神的な生きづらさと、まともな働き方ができないことが地続きになって「ああ、こういうことだったんだ」とすごく解決した。敵のありかが分かったというか、全体の構造が見えたんです。
フリーターになりたくてなったんじゃないのに、貧乏でモノ扱いされて。正社員になれたらなれたで、うつ病になるぐらい長時間労働。しかもそれを自分の責任だと思って自分を責めて自殺してしまう。社会に対して怒ることすらできない、それすら奪われてるんです。
まさに憲法二五条の生存権の問題です。そう気づいて振り返ると、若い人の餓死のような自殺がいっぱいあったことにも気づきました。競争第一で、生産性のないやつは生きている価値がない、というメッセージを社会全体が発してる。
以前、右翼団体にいたのは、反体制というか、物質主義と拝金主義が日本を空っぽにしているという主張にぐっときてたからです。競争をあおって、金もうけに走る社会は生きづらいと思っていましたから。でもいま振り返ると、敵が分かっていなかった。あの路線で行っても現状は打開できません。結局、立ち向かうべき相手を正面突破しないで、中国とか北朝鮮とかに向かってガス抜きをさせているんですよ。
その団体にいたとき、護憲と改憲に分かれて模擬討論をするというので憲法を勉強したのが、じっくり読んだ最初です。そしたら前文に感動しちゃって。悲惨な戦争を二度と繰り返したくないという切実さが伝わってきたし、全世界の国民が恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利があるというところも、本当にすばらしいと思いました。生存権を、いまこそ現実のものにさせたいですね。

Comments.

私も拝見しました。感心しました。60年たっても変えられない大切なものがあの憲法の中にあるのですね。
私はそのことを隣の人に、仲間に、子どもたちに伝えていく役目を果たしていかなくては!と、改めて思いましたよ。

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