「夭折」という言葉がある。若くして死した人を悼んでいう言葉だが、果たしてどれぐらいまでのことを言うのか、よくはわからない。昨日、今日、この言葉がしきりに浮かんだ。
昨日は、前教育長だった池淵一郎氏の葬儀だった。私が議会にでて、氏が退職なさる間、2年間ほどの短いお付き合いで、中学校給食など異論いろいろあったが、お会いするたびに激励くださったことが思い出される。氏の退職後、2度ほどしかお会いしていなかったが、豪快・・こんな印象の方だっただけに、臥せっておられたとは知らなかった。66歳の夭折、無念。
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お別れにいただいた
カーネーション
今日はHさんの葬儀だった。もうずいぶん昔になるが、日本共産党が県議選全選挙区立候補という方針を決めたとき、彼女は要請にまっすぐ応えて境港市区から立ってくださった。当選にはいたらなかったが、市民に大変な元気を与えてくださった方だった。
その後、会社勤めをされたが、そこでも頭角をあらわし、重責を担い多彩な仕事をこなし、最近は結婚式のプロデュースなどをなさっていた。
今日の葬儀は、弔辞も代表焼香も弔電披露もなし、彼女の手帳に残された自らの葬儀についてのメモとメッセージで綴られた、友人たちによるお別れの式だった。感謝の言葉にあふれた心のこもった葬儀だった。ゴスペルの流れるなか祭壇に微笑む彼女の写真をみたとき、あふれる涙を抑えることができなかった。
自身の最後のプロデュース。ガッツな、そして才女だった。癌に冒されての52歳の、これまた夭折。
66歳、52歳の死が「夭折」といえるかどうか、確かには知らないが、このお二人の死が、私にはそう思えてならない。お二人の安らかならんことを願うばかりです。







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