ベトナム戦記

安静をといわれて、いくつかの本を読んだ。一冊が、開高健の『ベトナム戦記』だ。
1964年から65年にかけて、銃弾と肉片が飛び交う戦場、ウソと謀略、テロと殺戮が交錯するサイゴン・・そのまっただなかに飛び込んだ開高健が見たベトナム戦争の記録だ。

開高はこの戦争が、アメリカが言うように「国際共産勢力に支配されたハノイ共産政府の侵略戦争」なのか、「サイゴン傀儡政権の圧制と腐敗に抗して立ち上がった南ベトナム知識人と民衆の反政府ゲリラ戦争」なのか、悩み続けたが、自身の眼で見た事実を、現場で感じた想いを書き連ね日本へ送り届けた。「戦記」の最後に、彼は「とにかく私たちは見てきた。結論は読者におまかせします」と書いている。

サ・マック作戦に同道した
ときの開高健。同書より

しかし、政府軍のサ・マック作戦に同道した彼は、そこで「この戦争は政府側の負けだ。ハッキリ、そう決まった」と確信した。それは1965年2月14日。サイゴン陥落、ベトナム戦争終結の10年も前のことである。
開高の取材は終始、南ベトナム政府軍の支配地域のなかからのものだったが、「日毎夜毎に兵士も民衆も殺され傷つき、農民は家を焼かれ、サイゴン市内のテロで子どもたちの腕が吹き飛び、貧しい戦争未亡人たちが身を売る以外に生きるすべもない事実」を見続けた。まるで「月経のように」繰り返されるクーデターや政変、“非暴力”を訴える仏教徒まで反政府へ追いたてる圧制、ベトナムそのものである農民に深く溶け込むベトコンを知った。そして書くのだ。「負けたことがなく、異民族に踏みにじられたことがなく、戦争のたびに豊かになったアメリカは、何一つ戦争を知らないアメリカは、誇りと偏見のために、ベトナム農民が建国当時のアメリカ人と同根の情熱(=独立への情熱・定岡追記)にかりたてられて反逆しているのだということが洞察できないのであろうか」と。
戦場から伝えた事実は、報道は、日本の人々を動かした。報道とは、ジャーナリズムとはそういうものではないか。

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