98歳とのこと。東京にいたころ赤旗まつりなどで幾度かその演説を聴いたが、知性的であって情熱的、おおきな人物だった。
外にむかっては遅れて出発した日本資本主義がアジアの市場再分割をねらった残虐な侵略戦争、内においては暴虐の限りを尽くした国民弾圧の専制支配・・あの戦前に、侵略戦争反対、8時間労働制確立など、平和と社会進歩をかかげて創立された日本共産党。戦後もアメリカに隷属、財界奉仕に徹した自民党政治と一貫して対決し、真の独立と国民生活擁護の先頭にたってきた党の、その建設に巨跡を残した政治家だった。
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彼の理論的政治的指導によって建設、発展してきた日本共産党は、激動する戦後国際政治のなかにあっても、どんな大国の覇権も認めず、アメリカによるベトナム侵略戦争に反対する国際的統一行動の発展に働き、ソ連の東ヨーロッパ人民の抑圧に徹底して抗議した。
共産党間にあっても、大国の党も小国の党も平等、それぞれの党はその自国の国民とともにあるという「自主独立」、「対等平等」の原則を確立。「俺のいうことを聞け」とばかりに激しい支配、干渉に乗り出してきたソ連や中国の党とも激しい論争をおこなった。
若い私も演劇運動の分野や青年運動のなかで、この二つの干渉と闘った経験をもつが、そのソ連が崩壊したときの「巨悪堕つ」という「大歓迎」の声明、その後しばらく時間はかかったが、ソ連共産党や中国共産党との会談、この二つの政党の反省のうえにたつ「歴史的和解」を、忘れがたい感銘をもって迎えたものだった。
いま日本共産党は、財界が敷いた小選挙区制度、二大政党政治という流れのなか厳しいたたかいを強いられているが、「国民が主人公の社会のために民主的な変革の道をめざす」という正しい政治方針をかかげて運動するかぎり、長い歴史のなかで考えれば、いま予感するように、国民は必ず新たな激動のときを切り開くだろう。
この道を敷き、長く世界と日本の歴史に残る人となって宮本氏は亡くなった。ご冥福をと、願う。








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