『善意』も『敵意』も激しいのだ

アメリカ人はやたらめったら愛想がいい。道ですれ違うとき、バス停で出会ったとき、レジに並んでいる隣の人とちょっと目が合ったとき、見ず知らずの人が「Hi」と笑顔で挨拶をしてくれる。レジ担当者と買い物客は、まるで友人かのように世間話をする。西へ西へと開拓を進めていって、いつも町に新しい住人が出たり入ったりしていた環境のなかで、行きかう人に笑顔を見せるということは、知らない人だらけの世界で「私はあなたの敵じゃないよ」と知らせて、安全に生活するための、アメリカ人の知恵というか本能のようなものなのじゃないか、と推理した友人がいたけれど、とにかくアメリカ人の笑顔は、私のなかで三大好印象のひとつだ。

もうひとつ。横断歩道があろうがなかろうが、歩行者が道を渡ろうとしていたら、車はほぼ100パーセント停まってくれる。あまりにも早くから停まってくれるから、逆にこっちが小走りに横断しないと申し訳ないくらいだ。どうも法律が厳しいらしいが、ちょっと手を上げて「サンキュー」と合図すると、車のなかからこれまた満面の笑みを返してくれる。
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ゴールデンゲートブリッジ

バスの中でお年寄りに席を譲る確率も高い気がする。若い男性は、荷物を抱えた若い女性にも席を譲る。バスの運転は結構いいかげんなのだが、後ろのドアが開かなくてバスを降りられず困っている乗客がいたら、周辺の乗客がいっせいに「ドアを開けてー!」と叫ぶ。
「Thank you」に対する返事は「You’re welcome」。これだと教科書的だが、こちらでは「MyPleasure」という返事もよく聞く。直訳すると「(あなたを助けることは)私の喜びですよ」となって大げさだが、いかにもアメリカ人らしい。なんせ、日本人には気恥ずかしいくらい分かりやすい形で、『善意』が飛び交っているのだ。
ところがヨーロッパ出身者、中南米出身者は口をそろえてこう言う。「アメリカ人は一見フレンドリーだけど、深くつながることができない。とても合理的で表面的だ。」ヒマな時間帯に飛び込んで、しばらく世間話をしたベトナム料理店オーナーも言っていた。「アメリカ人はアジア人のように信頼でつながるということをしない。とてもビジネスライクだ。わたしはアメリカ人とビジネスはしたくない。」
私の一番親しいアメリカ人は親戚で、友人も留学生だらけなので、このあたりの真偽のほどは分からない。
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シーフード屋台

目にするアメリカ人の人間関係といえばルームメイトの喧嘩くらいだ。ルームメイトと言っても、そんなに深い付き合いはなく、数日に1回キッチンで顔を合わせて軽く世間話をする程度だが(これが他人と一緒に住むコツかもしれない)、ただ、とてもフレンドリーだった人同士が、些細なことで(本当にそんなことで喧嘩しなくても、と思うくらい些細なことで)お互いをクレイジーだと罵りあうようになるのを見て、その豹変ぶりに驚いた。
私の入居から半年、実は2回もルームメイトが喧嘩で入れ替わっている。私も今は良くしてもらっているけど、ひょっとしたら些細なことでひどく嫌われることがあるかもしれない、と密かに思っている。
なにやら『善意』の示し方も『敵意』の示し方もいちいち激しいのだ。

Comments.

ゆっこちゃんがサンフランシスコに! 学生で! 最高です。サンフランシスコの写真はやはりケーブルカーですね。私も一度行きましたので、記憶がよみがえります。ゆっこちゃんが、アメリカ人の挨拶が三大好印象の一つとのこと。私も「三つのお気に入り」とエッセイを書きましたが、その一つがニコッの挨拶を上げました。ゆっこちゃんの後二つは何か楽しみです。

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