アメリカの夏休みは長い。労働ビザもない。ということで今回は、“ユカタン半島を3週間ほどうろうろ一人旅して感じてきたこと”という番外編。
・・・・・・・・・・(サンフランシスコ在住・定岡由紀子)
(1) コスメル島:7月16日~19日
カリブ海に浮かぶコスメル島でダイビング。日本ではカンクンというリゾートが有名ですが、コスメルはそこからバスで1時間、フェリーで1時間離れた島。有名ホテルが並ぶアメリカ人だらけのカンクンに比べ、ヨーロッパの貧乏旅行者も多い、こじんまりしたリゾートです。

島に着いてから1泊$14というドミトリー(相部屋)を見つけたのですが、右隣の男の子はポルトガル人で、NYからカナダを西に横断してアメリカ西海岸を南下し、さらにメキシコを東に横断してきたところ。これからキューバに行くのだと言っていました。左隣の男の子はデンマーク人。都市計画の勉強中で秋には3ヶ月アフリカにインフラ整備のボランティアに行くのだと言っていた。とにかく皆、世界中を旅している途中なのです。
カリブの海は、アジアやミクロネシアと違ってふにゃふにゃしたサンゴばかり。ピッカピカにカラフルなサンゴは東南アジアからミクロネシアあたりを中心に分布していて、日本はそのど真ん中に位置します。カリブいいなぁ、とよく言われるけど、私はアジアの海の方が断然すばらしいと思っています。なかでも沖縄のサンゴは世界一。
しかし悲しいかな、美しい自然は努力しないと守れないところまで来ています。にもかかわらず、最近沖縄で見つかったアオサンゴの大群生は、辺野古工事の影響をモロに受けてしまう場所にあるし、貴重な干潟がある泡瀬(沖縄)でもリゾート開発が進んでいるようです。
(2)サンクリストバル・デ・ラス・カサス:7月20日~27日
夜行バスに乗って(17時間!)チアパス州の古都サンクリストバル・デ・ラス・カサスへ。メキシコは長距離バス網が発達していてとても便利なのだけど(安いし)、車内はエアコンの調節が出来ず、パーカーを着てフリースを着てストールをぐるぐる巻きにしてもまだ寒いくらい。しかしそれでも熟睡できるというのは、私の特技のひとつです。
サンクリストバルは緑濃い美しい高原の中にあり、石畳の道路にパステルカラーの家が建ち並ぶ、風情のある古都です。チアパス州はメキシコ先住民文化がもっとも色濃く残るエリアで、周辺には先住民村がいくつかありました。サンクリストバルの街にも毎日、先住民の人たちが物を売りに来ます。子どもも。
メキシコ(中米全体ですが)には先住民に対する迫害の長い歴史があり、先住民の多いチアパス州はメキシコで最も貧しい州と言われています。1994年1月1日、NAFTA(北米自由貿易協定)発効日に、グローバリズム反対と先住民の権利確立を求めて立ち上がったゲリラ、サパティスタ解放戦線もチアパスの先住民を中心としていました。
この街では1週間、スペイン語の勉強がてら、メキシコ人家庭にホームステイしました。

■メキシコ人の日本知識
「日本は中国の隣だよな?」
「オリンピックがある北京は中国か?日本か?」
「サムライはまだいるのか?」 「ニンジャはまだいるのか?」
「日本人はみんなカラテをするのか?」
「セニョリータ・コメットって日本のドラマだろ?」(『コメットさん』のことです!!笑)
ニッサンやトヨタがたくさん走り、ソニーのカメラがたくさん売られていたので、いったい高性能の車やカメラを作る日本のイメージと、ニンジャやサムライがいる日本のイメージが、メキシコ人の頭の中ではどう両立しているのか、不思議でしかたありませんでした。
(3) パレンケ:7月27日~29日
マヤ文明最大の遺跡とも言われるパレンケ遺跡を見るため、極寒のバスで5時間、山道を下る。チアパスは貧しい州と言われているけど、山は緑が濃くて水は青く、あちこちに滝や湖があり、畑はトウモロコシが繁る。この美しさは、どうだ!と思うくらいです。

ちなみにメキシコ家族は、ほんとうに3食トルティーヤを食べます。トウモロコシ粉(上等なものは小麦粉)で作った春巻きの皮みたいなもので、おかずは毎日変わっても、なんでもこれで包んで食べる。どうやら日本の白ご飯の地位に君臨しているようです。
パレンケはジャングルに囲まれていて、バスを降りた途端にムワッと熱気が押し寄せてくる。それでも夕方は多少涼しくなるので、エアコンなんて物のない人々は夕方になると公園に集まってくる。もちろん毎日誰かが公園で音楽を演奏している。
マヤ遺跡は不思議でいっぱい。車輌などない時代にどうやってあんなピラミッドを造ったのか・・。マヤ人は現代人と同じくらい正確な天文学の知識をもっていたというし、(天文台からある塔をみる窓では、冬至の日にそこに太陽が来るようになっているとか。別な遺跡、チチェンイツアだけど、ピラミッドが91段×4面=364段と最上階の1段=365で一年間を表すようになっているとか)マヤ人が宇宙人だったという説もあながちでたらめじゃないという気がしてくるから不思議だ。
(4)プラヤ・デル・カルメン:7月30日~8月5日
パレンケに2日滞在し、あまりの暑さにまた夜行バスに乗り、12時間かけてプラヤ・デル・カルメンへ。
ここはアメリカ人だらけでクレイジーなカンクンを嫌うヨーロッパ人が集まって発展したリゾートで、ちょっとこじんまりして、カンクンより落ち着きがある。相変わらず安宿に泊まったら、客もヨーロッパ人、それも貧乏旅行の若者だらけで、英語も話さない人も多かった。受付の人も英語がダメで、私は、まだまだ勉強中のスペイン語で四苦八苦。
ヨーロッパ人というのは、何ヶ国語も話すというのが珍しくなく、サンクリストバルでずっと一緒だったオランダ人の女の子も6ヶ国語話したし、プラヤのダイビングスタッフも客によって英語、フランス語、ドイツ語(もちろんスペイン語も)・・・といろいろ使い分けていた。アメリカ人がどこでも英語で通しているのと対照的だ。
ヨーロッパ人が1人でバックパックを背負って何ヶ国語も駆使して世界中を旅するのに対して、アメリカ人にはそういったバックパッカーがおらず、完璧な英語を話すスタッフのいるリゾートホテルにグループで宿泊する人が多い、という旅行スタイルの違いもさることながら、アメリカ人は人種的背景からバイリンガルな人はたくさんいるけれど、『外国語』を学ぶ、外国のことを学ぶ、ということについて関心が薄いように見える。

(5)メキシコ人のこと
メキシコ人はとにかく人懐っこい笑顔が素敵だ。山岳地帯に行くとカリブ沿岸より多少人々がシャイな気もするが、「Hola(こんにちは)」と声をかけると「Hola,セニョリータ」と笑顔が返ってくる(カリブ側ではこちらから声をかけるまでもない)。ちょっと道を聞くと周りの人が次々と教えてくれる。しかしなぜか、皆、てんでバラバラな道を教えてくれるのだ。時間を聞いたら、なぜか時計を持っていない人まで時間を教えてくれる(笑)。
道には屋根にスピーカーをくくりつけた車が音楽を鳴らしながら走る(宣伝カーではありません)。家の窓からも音楽がもれてくる。ステイ先のお父さんも音楽を聞きながら車を洗い、ダイビングスタッフは携帯の着信音が鳴っただけで「Oh, Musica!(おっ音楽だ!)」と言って踊りだした。
やはり日本より生活水準は低いし(世界一の長者もいるが)たくさんの矛盾を抱えた国ではあるけれど、カリフォルニアに住む不法移民の友人達も含めて、この人たちは人生を楽しむ天才じゃないかといつも思っている。







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