昨日の総務文教委員会でのこと。「学力テストを開示すれば、教育支援予算を手厚くする」といった平井県知事の発言への感想を聞かれて、根平雄一郎教育長は、元鳥取県知事で慶応大教授の片山善博氏の次のような発言を紹介し・・・・・・・・
「自分も同感だ」と答えられた。
予算権を盾に圧力をかけようとした手法は許されない。『江戸の仇(かたき)は長崎で』というわけにはいかない。市町村が結果を公表しないからといって、予算で差をつけるのはスジが通らない。それが許されれば、国は都道府県に、都道府県は市町村に、あらゆることを押しつけることになる。まさにファッショだ。........asahi.comより。
まったく同感だ。
昨日の「じゃじゃってもんだ」という記事に、せつ子さんという方から、“ホントに私もあきれています! 県民としてとても恥ずかしい!!”というコメントがあり、
「いやあ、また驚いた」に、音ちゃんが、”全国一斉の学力テストで比べなくても、教育現場ではそれぞれの生徒の学力は判っているのではないでしょうか? テストの結果を発表して、学力が上がるのだろうか?」と問いかけと、「星空に感動したり、夕陽や金色の輝く雲の流れを飽かず眺めるゆとりをこそ、子ども達に贈りたいなあ」という願いを寄せていた。
そこで今日の写真は夕焼け
2004年秋
大阪や残念ながら鳥取県の知性のないある種の人々は、市町村ごとのテスト結果の開示をカネまでちらつかせて、片山氏いわく、ファッショ的手法でせまるわけだが、こんな浅薄な文化、こんな汚い手法のまかりとおる環境のもとで、「豊かな人格形成と結びついた学力」が期待できるだろうか? できるわけがない。教育というのは文化である。子どもたちをとりまく環境である。
開示すればどんなことになるか。現場の懸念をもういちど、お読みください。







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