ついさっき、さきの記事をアップしたばかりだが、井上さとし参議院議員のメルマガが届いた。麻生総理の所信表明演説の速報だった。さっきの記事の続きになるが、その古さに驚いた。一部だけ紹介しておきます。

井上さとしとねずみ男
井上さとしです。
いや~ひどい。たった今、本会議での麻生総理の所信表明演説が終わったところです。余りこういう言い方は好きではありませんが、史上最低の所信表明演説でした。
冒頭から驚きました。「わたくし麻生太郎、この度、国権の最高機関による指名、かしこくも、御名御璽をいただき総理大臣に就任いたしました」。
「御名御璽」が本会議演説で飛び出すとは……。さらに麻生氏は、「私の前に、58人の総理が列しておいでです。118年になんなんとする、憲政の大河があります」と続けました。なんと、主権在君と主権在民の憲法の区別がありません。だから、冒頭の言葉になったのでしょう。驚くべき時代錯誤。
さらに続きますが、省略します。
「あまりにひどい内容に本会議場はしばしば騒然とし、演説も聞き取りにくい状況」だったとのこと。井上さとし参議院議員のサイトをごらんください。
こんな政治に国民の未来を託すことはできません。2日の衆院で志位委員長、3日の参院で市田書記局長が代表質問に立ちます。
なお井上さとしさんのHPに『妖怪ワールドにひたる』が掲載されています。







tkoさま。コメントお寄せいただきありがとうございます。
「形式的には」おっしゃる通りかと思います。しかし、私たち人間は、すぐれて歴史的存在です。天皇の「御名御璽」のもとアジアと日本の民衆に取り返しのつかない苦しみを与えた歴史を忘れてはなりません。
この規定にあなたが同意なさるかどうかわかりませんが、「あの侵略戦争」。その「政治的支柱となってきたのが天皇制」です。戦後日本は再出発にあたって、その深い反省のうえにたって国民主権を確立、その国権の最高機関を国会としたのです。およそ戦前の政治制度と戦後のそれとは、まったく異質なものだというべきです。
それを、「御名御璽」による指名と国権の最高機関による指名とを同列におき、あたかも天皇による任命であるかのような発言。「118年になんなんとする、憲政の大河」とか、「新総理の任命を、憲法上の手続きにのっとって続けてきた統治の伝統」などという演説です。天皇絶対の時代と国民主権の時代との区別がつかない、明治憲法下のような歴史感覚というべきではないでしょうか。
「戦争の世紀」といわれた20世紀を超えて、「平和と友好の21世紀」への世界的な歩みが進むなか、私たち日本の首相の発言として、あまりにも恥ずかしく、耐え難く思うのは、「形式的」議論を超えた至極当然の「歴史的」感覚ではないでしょうか。
お考えいただくと喜びます。
Posted: sada | 2008年10月21日 06:53
御名御璽をいただくという表現のどこがおかしいのでしょうか?
現憲法下において総理大臣は国権の最高機関である国会の指名と、天皇陛下の任命において拝命されます。
その為、御名御璽というのは総理大臣に任命される際には必要不可欠なものです。
また天皇陛下は日本国民統合の象徴ですから、へりくだった表現は当然の事と思います。
Posted: tko | 2008年10月21日 04:55