ソマリアと日本を考える

アフリカの様子がおかしい。 半世紀ほど前に植民地支配から独立し、豊かな資源を手に、希望に満ちた前途に踏み出したはずだった。しかし今、多くの国で人々は貧困にあえぎ、国民同士の殺し合いまで起きている。なぜなのだろう。 その原因を突きとめたいと思ってアフリカに何度か足を運んだ。おぼろげに見えてきたのは・・・・。

これは、最近読んだ岩波新書『アフリカ・レポート』の書き出し。著者の松本仁一氏は長く朝日新聞で働き、ナイロビ支局長、中東アフリカ総局長を勤めたジャーナリスト。“海賊対策”を口実にした自衛艦隊のソマリア派遣というなか、アフリカの今を知りたくて読んだ。


たまにはアフリカの地図を見るのもいい

「この本で取り上げたのは、48の国があるアフリカ大陸のうち10ケ国程度」と氏は言うが、「第二夫人の所有するコンゴの鉱山を守るために1万人の兵士を4年間コンゴに派兵した」というほどに、すべての富を私してやまない独裁者ムカベ大統領のもと、反対勢力は弾圧・投獄され、農業も経済は破綻し、インフレ率が16万%(!)、人口の4分の一が国外へ逃げ出したジンバブエという国からはじまって、現場を押さえた氏のレポートは臨場感がある。
レポートは、南アフリカ、アンゴラ、スーダンなどと続くのだが、この本の副題が、『壊れる国、生きる人々』と言うように、国家崩壊とも言うべき状況を描きだす。

ナイジェリア(1960年独立)。サハラ以南アフリカ最大の産油国で年間五〇〇億ドルの外貨を稼ぐが、そのほとんどは政府指導者たちの分け取りで消えてしまい、警官や学校教師の給料さえ遅配している。
シエラレオネ(1961年独立)。ダイヤモンド利権をめぐる争いが、子ども兵を使った内戦に発展。隣国リベリアも絡み、十数年にわたる殺し合いが続いた。停戦後の今も政情は不安定だ。
赤道ギニア(1968年独立)。独裁大統領の一族が石油利権を独占。野党政治家の投獄、暗殺が相次ぐ。
チャド(1960年独立)。独立直後から内戦が続き、08年現在もスーダン支援の反政府勢力が東部を支配。政府は首都を支配するだけで、安定からはほど遠い。

・・・と続く。
そして氏は、ソマリアについて以下のように記述する。

ソマリア(1960年独立)。バーレ政権の独裁が続いていたが、91年の政権崩壊後は無政府状態におちいり、内戦状態が現在も続いている。

ソマリアにコミットするとすれば、アフリカ全体に共通するこの無政府状態と絶対的貧困打開への正しい対応こそが肝要なのだが、著者は『あとがき』で次のように指摘する。

08年5月未、日本政府が主催する「第四回アフリカ開発会議」(TICADⅣ)が横浜で開かれた。政府は、アフリカ53カ国中40カ国の首脳が参加したことで会議は成功だつたと評価し、今後5年間で対アフリカ政府援助(ODA)を倍増すると宣言した。
しかしアフリカ首脳の多くが本書に出てくるような状態であるとき、日本が彼ら首脳を相手とした旧態依然のアフリカ外交を続けていていいのだろうか。
ましてや、倍増を宣言したODAの多くの部分は円借款、つまり返済が必要な融資である。これまで30年間、いかに多くのアフリカ政府指導者が援助国からの借款を私物化し、債務のツケが国民に回されてきたか。今回、倍増を約束した日本のODAが、むしろアフリカの大衆を苦しめることにつながるのではないかと心配になる。

腐敗した権力に頼らず、自立した地域や農村づくりにとりくむ農業NGOなどの新しい動き(日本人も登場する)のレポートに著者はこの本の後半を割いている。著者はそこにアフリカ再生の希望を見出してゆくのだ。副題の『生きる人々』の意もそこにある。ここにこそ国際社会がまずもって応えるべきものがありはしないか。

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