・・・とは、中身のないタイトルだが、久方ぶりの更新で、“まずはあいさつ“・・そんな気分の朝。
野中広務氏の赤旗登場の記事をアップしたのは木曜日の朝、その直後に「稔さんが死んだ」・・・母からの泣きながらの電話だったのです。妹の夫です。民謡・安来節の准名人で指導部長など務めて、この世界では広く知られた人でしたが、母は「昨日の晩方も元気に話していたのに」というほどの急死。心筋梗塞でした。私と同じ65歳。あまりにも若い。それだけに想いの残るやるせない通夜や葬儀で、バタバタの数日でした。
「おはようございます」・・・普通にあいさつできる、普通の日々のありがたさを知る数日でもありました。
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野中広務氏の特別インタビューの余波二つ
野中が党でふん張っていれば・・・
「日刊スポーツ」6月29日付「政界地獄耳」から
窓・論説委員室から 共産党の「変身」
[朝日新聞 2009年6月30日夕刊]
を、また『大脇道場』さんの記事を借りて紹介しておきます。お読みください。
久々ながらのエントリー、今朝はこれでごめんなさい。







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