『未来の食卓』

私たちへのアンケートで、『食』について、若い女性から次のような意見が寄せられていました。


子どもの食育は大事なことですが、その親の段階からの問題だと思う。朝っぱらからチョコパンやラーメンで育った親は、子どもにもチョコパンやラーメンの朝食となるでしょう。それで育った子どもたちが日本の未来の支えになるでしょうか。

だから食育は無用というのではなく、世代を超えた食育の重要性を指摘する、根源的な問いかけです。
その『食育』の重要性について、いまや否定する人はいないでしょう。行政も口を開けば、「地産地消」、「食育」のオンパレードです。ところがその一方で、学校給食はセンター化や民営化、民間委託の推進。すべて財政効率のなかで議論され、「母親の“愛情”弁当」論まで飛び交う現実です。「食の安全」がどんな事態かもご承知のとおりです。
治水だ、港湾だ、などの開発事業は、何十年にわたる綿密な事業計画が作られ、いったん計画したら、“なにがなんでも”ではありませんか。民間で地道にがんばる人々は少なくありませんが、「地産地消」や「食育」で、地域の農漁業とも結んで、「これで地域を変え、子どもの未来を築き上げてやる!」ぐらいの、“なにがなんでもやりきる”・・・こんな気概でとりくむ行政の仕事が見えますか。多くの事業はイベントです。

ふと目にとまった雑誌で知ったのが『未来の食卓』という映画。フランス映画ですが、日本でも上映運動がはじまっているようです。予告編の動画をごらんになってみてください。
日本の現実と比べながら観たいものですね。
昨日、全国町村長会の意見広告を紹介しましたが、食は、この農山村、漁村のありようととも深く結びついています。私たちの日本、これからも農村があって農業があって、漁村があって漁業があって、ローカル豊かな文化があって、山河麗しく、安心、安全な山海の幸が食卓にあふれる日本であって欲しいものです。
賢い人たちは、「グローバル化は避けられない。夢では食っていけない」というのでしょうが、「グローバル化のなか、どう夢を図るか」、それこそ賢い人たちの語るべきことではないでしょうか。

Comments.

 食育が無駄とはいいませんが、これを実りあるものにするためには、企業の宣伝イベントなどではどうしようもありません。やはり、若い世代の貧困を解消していくことがどうしても避けられません。

 現在子どもの貧困が社会問題として認識されるようになってきましたが、子どもの貧困解消と若い世代の労働者の貧困拡大を食い止めることは一体となって進めていかなくてはいけません。もちろん、それぞれの固有の問題はあるので、そういうのは独自にとりくむことが大切です。

 若い世代の労働者が貧困であったり、劣悪な労働状況であれば、生活面でも朝食や夕食を作ることに手間をかけられずそれこそ出来合いのお惣菜に頼らざるを得ません。

 政治と社会のゆがみに正面から向き合わずに食育をもっぱら個別家庭の責任にしていこうという反動勢力の企ては本当に許しがたいことです。

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