グアテマラはメキシコほど混血が進まなかったようで、先住民が人口の半分を占めている。メキシコ南東部とグアテマラはマヤ文明の栄えたエリア。先住民の村々では、いまもそれぞれの言語が使われていて(シエラ近郊ではキチェ語)、学校にきちんと行くとスペイン語とのバイリンガルになるらしいが、貧しい家では子供も働きに出ないといけないので、先住民の言葉しか話さない人も多い。サンフランシスコにもマヤの方言しか話せない労働者が多くいて、そういう移民を助ける組織があり、アステカ語を話せるメキシコ出身の友人が、アステカからスペイン語、英語への通訳として登録している。

山間のZunil(スニル)という先住民村
公用語がスペイン語の国にありながら、先住民の村々には、貧困からスペイン語を話せない人々がおり、それがさらなる貧困を生んでいる。日本で経済格差が教育格差を生み、教育格差がさらなる経済格差を生んでいるのと同じ話だ。そこに人種の違いが介在している。
観光客相手にスペイン語レッスンをしているメスティソ女性のシルビアは、先住民の地位向上にも取り組んでいて、私が労働事件を扱う弁護士だと知って喜び、いろいろなことを教えてくれた。
スペイン人がラテンアメリカに来る前、メキシコ西部にはアステカ文明、メキシコ東部から現在のグアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラスなどの中米一帯にはマヤ文明が栄えていた。
現在と同等に近い天文知識を持つ、高度な文明だったらしいが、一方で神へのいけにえとして子供を殺す習慣もあり、スペイン人には野蛮に見えたらしい。そこでスペイン人は「文明化」のため植民地化とキリスト教の布教に乗り出す。スペイン人はまずメキシコ西部に上陸して、現在のメキシコシティにあったアステカ帝国を征服した。そこでアステカ人たちが身に着けていた金の装飾品を見たのが、長い搾取の歴史の始まりだという。アステカ地域では金が豊富に取れ、アステカの人々はそれをなんだか知らないがキレイな石だと思い身に着けていたが、金としての価値は知らなかったらしい。同様に、スペイン人がその後東に向かい、マヤの国々を征服した際、マヤエリアで豊富に取れる石油に目をつけた。そして、スペインの殖民政府がそこここに置かれ、先住民を労働力として使っては、利益を本国に送る、という搾取が始まった。産出品の輸送のため、先住民から土地を取り上げて鉄道を敷設する。住む土地を追われた人々は、以前のように自分達が食べるとうもろこしを作る土地も持たず、安い労働力として働くこととなる。

シエラ街なか
ちなみに、現在のケツァルテナンゴは、征服前はシェラフと呼ばれており、スペイン人によってケツァルテナンゴと改名された。現在でも地元の人々はシェラフ、シェラという呼び名を好む。
スペインからの独立後、中米ではUS国籍などの石油会社、カリブ諸国でもDole, Chiquita bananaなどといった海外資本のコーヒーやサトウキビ、バナナの大規模プランテーションでの搾取が続く。政府は海外資本に権益を与え、すべての利益はアメリカ合衆国など大国、そしてグアテマラのごく少数の白人によって独占され、市民には一滴の利益も落としていかない、というシステムの確立だ。ちょうど革命前のキューバがそうだった。 (この項、次回へ続く)
(サンフランシスコ在住・定岡由紀子)







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