番外3--先住民のこと(2)

実はキューバ革命に先立つ1940年代、グアテマラに民主政権が誕生している。先住民への土地返還に取り組んだアレバロ大統領と、それに引き続くアルベンス大統領。この時代に、若き日のゲバラも医療ボランティアとしてグアテマラに来ている。

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トトニカパンという先住民村で
手織りの布を売る
エミリアおばさん

ところがラテンアメリカのどの国にもある歴史だが、US企業の権益が侵害されるとなると、CIAが黙ってはいない。ということで、アルベンス政権も武力介入によって倒され、グアテマラはほんの10年ほど前まで続いた、長い内戦に突入する。先住民は虐殺され、村を焼かれた。人権活動でノーベル平和賞を受賞したマヤ系キチェ族の先住民女性、リゴベルタ・メンチュウ(Rigoberta Menchu)も娘時代にそうやって村を追われてメキシコに逃げた1人だ。虐殺の様子は彼女の本の中に語られている。
また、ラテンアメリカ世界では、マチスモという男尊女卑の伝統が強く、先住民であるということのほかに、女性であるがゆえの二重の差別がある。現在、先住民であるというだけで国会議員や弁護士への道を阻まれることはないが、女性の社会進出は遅れている。先住民女性に対して、目覚めを呼びかけたのが、上記のメンチュウだ。この歴史を教えてくれたシルビアは、彼女と一緒に働いたこともあるという。
ところがシルビアは嘆く。先住民女性は排他的で、猜疑的で、権利向上の活動に非協力的だ。彼女達自身がよりよい生活を求めないで、どうやって手助けができるというの? たとえば水道がない地域、上水道がない地域、電気がない地域があるとするでしょ? それぞれの村が協力し合わずに、それぞれ別のことを希望するのよ。ドイツや日本の組織が援助に来てくれたんだけど、そんなことでは何も出来ないと言って帰ってしまったわ。Colaborar(助け合う)というアイデアがないのよ。それがなくては、最初に援助を受けたとしても、それをもとに自立することは無理でしょう? 一生日本の援助を受け続けるつもり? いずれは自立しなくては援助の意味はないの。悲しいわ。自分の子供達が生きる未来の話だというのに...。
きっとあまりにも長い期間、国から、男性から、差別を受け続けて、希望を失ってるんだね。日本の労働者も、まず自分たちに権利があることすら知らず、立ち上がるのにずいぶんと時間がかかったもの、と言うと、まったくその通りだ、とシルビア。権利なんか認められた経験がないんだものね。内戦の悲惨な記憶が、さらに輪をかけて、彼女達の希望を奪ってるのよ。悲しいことだわ。
でもね、ユキコ、少しずつだけど前進はあると思うの。少なくとも後退はしていない。いつ変化があるか分からないけど、いまは自分の出来ることをするしかないわ。
そう話すシルビアは7歳の娘を持つシングルマザー。足の不自由なお父さんと同居し、シルビエンタ(お手伝いさん)なしでがんばっている。
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日本公園の日本風の建物

ところで、グアテマラへの援助はドイツと日本が大きいとのこと。特にケツァルテナンゴ県は直接日本からの援助を受けており、それを記念して、シルビアの家の近所にParque japon(日本公園)という場所がある。日本風の建物があるわよ、というので行ってみたら、このとおり。
むしろ中国風というか、なんというか、なんとも言えない風情です・・・。
         (サンフランシスコ在住・定岡由紀子)

Comments.

Yoshiduさま
ありがとうございます。メキシコではなくグアテマラなんですが(笑)わたしも布を見にいったようなもんなんです。手織りや工芸品の本場で、メキシコで売られているものも実はグアテマラ産だったりするみたいです。先住民の人たちもこういった技術で自立を目指してるんですよね。

Nさま
おっしゃるとおり、援助に頼らないというのは大切で、最終的に援助に頼らない自立コミュニティを作り上げられなければ援助の意味もないと思います。逆に最終的な自立を目指すのであれば、最初の援助は大いに意味があるとおもっています。わたしが聞いた話のNPOも、コミュニティ内での助け合いがなければ最終的な自立もない、と判断しての引き上げだったみたいです。わたしのつたないスペイン語力にくわえて、ひとりのオーガナイザーからだけ聞いた話ですから、多少偏りはあるかもしれませんが、わたしが受けた印象としては、独立心から援助に頼らないというより、絶望的になっているという感じでした。村人のほとんどが近親者を殺された経験を持つという規模の虐殺が、ほんの13年前まで続いていたのですから、その忌まわしい記憶から立ち直る時間も必要なのかな、と感じました。まぁ話してくれたオーガナイザーの女性がとても熱心に取り組んでいる人だったので、もどかしい気分もあって、おおげさになって(愚痴?)いたのかもしれません。
ただ、村それぞれにデザインの違う衣装を皆が身につけているのは、誇りが感じられていいですよね。素敵でした。

由紀子さんの番外編も楽しんでます。先住民女性のような感覚、わが国でもありますね。とくに地方は。足引っ張り合わずに、協力するのには、自覚がいるのよね。日本国憲法を持つわが国がそうであるのは悲しい。でも憲法が生きるような世の中にするのは、頑張りがいがありますね。
 このメキシコの織物の色合い、好きですね。

排他的?私はそこにこそ彼女たちの独立心があるのではと思いますが…。どうでしょうか。安易な(もちろん援助活動に参加している人を否定するわけではありません)援助はいらない、誇りを持って生きぬいてきた先住民の女の生き方、そう簡単に捨てないのではと思いますが、いかが思いますか?

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