帰った夜、妻の観ているTV番組にびっくりしました。なんと、第二次世界大戦当時の日系アメリカ人が受けた強制収容、その家族のドラマではありませんか。聞けば、橋田寿賀子の『99年の愛』で、おとといから始まった5夜連続ドラマだそうで、その3回目だそうです。
片付けもそこそこに観ていたら、ここ数日、見聞きしてきたことと重なる場面がたくさんです。
なんということ! なんというタイミング! と、びっくりしたわけ。
サンノゼの資料館前にたつ移民記念碑/クリックで拡大します
こんどのサンフランシスコは、“プライベートな用事“と書きましたが、その用事のひとつが、まさにこの問題、明治の早くから海を渡った鳥取県の海外移住者について、現地の側から聞ける話を聞き、調べられることを調べる、そういうことだったからです。
なぜ、そこに関心を? で、なにがわかったの? そこはいずれ書くことになると思いますが、日本でも県庁や県立図書館、境港市史編纂室に資料をあさり、また県内移住者の大半を占めた弓浜半島の郷土史を集めたりして、準備してでかけたのです。
せっかくですから、かねてから行ってみたかったアンテロープ・キャニオンに時間もとったので、短い滞在期間、サンノゼの資料館やサンフランシスコの図書館でお話を聞いたり、図書を借りたり、事前にコンタクトのとれた県人会の方や遠くはサクラメント在住の方ともお会いしてきたのです。

サンノゼ資料館の方/休館日だったのに歓待しご説明くださった
帰国の前日11月3日の夕方には、バークレイ市の『姿レストラン』というお店にみなさんが集まってくださっての会食、懇談。店主もまた鳥取県日野町根雨出身の方で、店をなげて(?)話の輪に最後までお付き合いくださったのでした。
その場で私は、「国内移住、主に北海道への開拓移住については、吉永小百合が主演した『北の零年』という映画があったし、ブラジル移民については、橋田寿賀子の『ハルとナツ』というTVドラマがあった。明治から始まったこの北米移住にも、掘り起こせばすごい、数々のドラマがあると思う。映画やテレビにならんかな~」などと話したら、「そりゃ良い!」と盛り上がったのでした。
そしたらその翌日、まさにこのテーマ、『99年の愛』の始まりですから、そりゃ驚いても無理ないでしょう?

レーガンが署名するところ
妻の話によれば、橋田寿賀子は「自分はアメリカという国が大嫌い。だけどこのテーマは、どうしても書かねばならない。自分の遺書」とまで語っているのだそうです。
このドラマは今日が最終日、そこでどう描かれるかはわかりませんが、サンノゼの資料館には、日本人収容のよりどころとなった「排日移民法」の廃止と市民権の回復を求めてたたかった日系アメリカ人たちの運動の歴史も展示されていました。そしてこの方たちの運動は、ついに1989年、レーガン大統領は、排日移民法の廃止に署名として実を結び、翌年にはパパ・ブッシュ大統領に公式な『謝罪声明』までおこなわせしめたのです。







こんにちは。
先日、境公民館でご一緒させて頂いたひとりです。
子供も眠たいのもあり騒いで話を!という雰囲気ではなく。。。
お忙しいところ来て頂いているのに申し訳ありませんでした。
少しでしたが他の方の話を聞き、初めは給食があるならどんな形でもいいかな。と、思っていましたが考え方が変わりました。
色々な感想や意見は、また新婦人で書きたいと思います。
あと、市議会議員さんのお仕事忙しいでしょうけど~
実際、私達が直接議員さんと出会って話をする機会なんて今までなかったのですごくいい経験でした。こういう風に色々足を運ばれているんだなぁ~と実感しました。
ありがとうございました。
Posted: 寺崎 真澄 | 2010年12月03日 13:59