120年記念事業の大綱

今年は境港市上道から始まった鳥取県のカナダ・北米移住120周年の年。「あの時代に海外へ雄飛していった先人たちの思いを若い世代へ伝えよう」と、私は一昨年の12月市議会で、記念事業を提案。根平雄一郎教育長(当時)が「教育的に意義深い事業。成功させたい」と答弁し準備を進めてきた事業です。境港市は1月26日、第一回実行委員会をひらき記念事業の大綱を決めました。大要はつぎのようなものです。

1)開催時期は、10月2日(火)~8日(月)
2)企画の内容は
■北米移住120周年記念展示・・・・・・・・10月2日~8日
展示内容: 北米移住の歩み、足立儀代松の生涯ほか
移民関係の資料、ゆかりの品など
■帰国されたみなさんとの交流・・・・・・・・10月5日から8日
5日、歓迎夕食会(交流会) 境港市内にて
6日、市周辺の観光
7日、移民ゆかりの地、(足立儀代松墓など)訪問
8日、帰国者解散
■北米移住に関する講演会・・・・・・・・一般市民、子どもたち対象
3)この事業に合わせて帰国される方の、境港での滞在費(宿泊、食事、観光、交流費用)などを実行委員会で負担する。
120128.jpg
足立儀代松夫妻の記念碑

さっそく、サンフランシスコの県人会やサクラメントの人たちにメールを送っておきました。予期もしなかった超円高で、どれだけの方々が帰国され参加できるかわかりませんが、これを機会にたくさんのファミリーが帰国され、ルーツの地で親戚縁者とのひさかたぶりの交流が広がり、「境港市にこんな人たちがいたんだ」・・・そんな郷土の歴史や世界を身近に知っていただく機会になればうれしいですね。

民衆のムーブメント

一部に、「海外移住は国策。賞賛すべきか」という意見がありますが、国の移住の奨励が始まったのは概ね大正に入ってからで、「(鳥取)県が組織的に海外移住を奨励するようになったのは、大正13年10月白上祐吉知事の着任以降」(鳥取県史)です。ブラジル移住や満蒙開拓などはまさに国策。“棄民政策”でした (満蒙開拓については、小山富見男著『満蒙開拓と鳥取県』が詳しい)。しかし、明治中ばから始まった鳥取県、それも弓浜半島からのカナダ・北米移住の広がりは、次男、三男が食うに食えなかった農漁村事情、港に育まれた進取の気風、「村上学校」という文化、教育環境がうみだした民衆のムーブメントだったと言っていいものです。
近く、浜の移住の歴史、概要をこのブログにアップする予定です。

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