住民の和で地域はなりたつ

三 人 目 の 登 場 は
外江ふるさとづくり協議会会長

南家 悦郎 さま

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関連企業あわせて80名の従業員を擁するアパレル製造業、南家商事(株)社長として、企業経営の先頭にたちながら、外江の伝統行事=「丁左」復活に情熱を燃やし、単独決定後の『境港を元気にする会』会長も務める南家悦郎さん(70歳)をたずねました。

太鼓の音で悪魔を追い払う民俗行事

定岡  はじめに、「丁左(ちょうさ)」ってなんですか。
南家 起源がはっきりしないですが、「ちょうさ」は神輿の太鼓台のことで、太鼓叩きが乗った太鼓台が町内をねり 歩き、太鼓の音で悪魔を追い払い神輿を迎える行事です。 西日本各地に同様なまつりがあるそうです。
外江では昭和18年に途絶えたのですが、平成6年、みんなで相談して復活させました。50年ぶりの復 活で、今年が11回目です。
定岡  にぎやかですね。地域の祭りでは、市内一の賑わいでは?
南家 そうなったと思います。かっては、太鼓たたきも決められた家の者しかできなかったそうですが、子ど も達が交代でつとめるようにしました。今年も小学校4年生を中心に80名ほどがたたいています。 子どもが出れば親も集まる。PTA世代の交流、連帯がずいぶん強くなったと思いますよ。昨年は、PT A協議会の全国大会でも取り上げられ、好評をいただきました。

 

地域に若手の担い手も育ってきた

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「ちょうさや、ちょうさ」と
元気なかけ声が響く7月18日の外江

定岡 もともと、なにを願って、復活を?  
南家 この世の中はどこでもそうですが、なにもしなければ、住民の連帯感は疎くなるばかりです。いっしょに なって燃えられるものはなにか、それが「ちょうさ」でした。今日も夕方、弁当を用意するのですが、50 0食ですよ。普段、顔を見ない人たちが、この祭りには顔をだす。町内の最高の親睦の場になったのではな いかな。
最初は私達の年代が仕切りましたが、いまは40代の若いもんが中心です。実行委員会をつくって、相談 し手分けして一つの祭りをつくる。外江の元気のもとになったんじゃないかな。
定岡 地域の担い手がそだってきた。そこが大事だと

住民にパワーはある。引き出す市政に

南家  ここまで順調にきたのが誇りです。住民にパワーはある。引き出せるかどうかではないか。
定岡  それが、外江から境港市全体への想いとなって、いま『境港を元気にする会』の会長に?
南家 市政も長く、市民をお客さんにしてきた。だから好き勝手できたし、やってきた。それでは、これからのま ちはやっていけない。境港、地域を想う市民の気持ちを信頼して、情報を公開し、市民といっしょに考える、 行動する、そういう市政にならなきゃならん。市民も意見をだす、身体で参加する市民になっていきたい。 それが私のイメージする『元気にする会』ですよ。   
定岡 話は変わりますが、この不況のなか、しかも中国製品に圧されて一番大変なのが、アパレル業界では?

小泉政治がいちばん悪い

南家  国内の縫製工場はかっての2割ですよ。うちの出荷額も良いときの半減です。いちばん悪いのは小泉(首相)  です。いろいろな改革は必要だが、何十年かかってつくられてきた経済構造を、2年、3年でひっくりかえす。  こんなやり方では、元気なものでもつぶれて当たり前だ。
それでも、中国の経済成長が著しいが、それが生産コストの引き上げ要因となり、安い工場立地という魅力 に限界が見えてきている。製造需要が、国内へ帰ってくる。それまでに辛抱ですよ。
定岡 最後ですが、経済人としても忙しいのに、ここまで地域に身体ごとぶつかっていかれる。南家さんにとって、 外江とは、境港とは、なに?
南家 やっぱり「ふるさと」ですね。それと、分家してから4代目ですが、本家以来、外江というこの地で少 なからぬ役割をあずかって生かされ、生きてきた者としての誇りでしょうか。
定岡 ありがとうございました。今日はまだ、午後、夜と、行事が続くとのことですが、ご苦労さまです。