ずいぶん昔の話になってしまいました。しかしイラクにみるように、いまも世界につづく他国民抑圧の戦争。ベトナム戦争はなんだったのか、振り返っておくことはムダではないでしょう。私も思い出し、読み返し整理してみて、たいへん勉強になりました。番外編をお届けします。
破壊した米軍戦車で武器をつくった
第一次ベトナム戦争
第2次世界大戦の終結で1945年9月、ベトナムは独立したものの、元の宗主国フランスは再植民地化を狙ってサイゴンへの攻撃をしかけ、1949年6月、サイゴンにバオダイ帝を立て傀儡政権を作り上げました。アメリカもフランスに加担し、サイゴンに軍事援助顧問団をおき軍事介入を開始します。
長い植民地支配からやっと解放されたベトナム国民は、激しく抵抗。1952年2月、人民軍はハノイの北、大部分の地域を制圧するまでになりました。1954年3月にベトナム人民軍は難攻不落といわれたディエンビエンフー要塞を攻撃しこれを陥落させ、フランス軍はほぼ戦闘能力を失ってしまいます。
5月にはインドシナ休戦協定に関するジュネーブ会議が開かれ、北緯17度線での南北分割という形でしたが、国際社会はベトナムの主権と独立を認めたのです。これが第1次インドシナ戦争で、ベトナムの再植民地化を狙ったフランスは敗北したのでした。
「反共の砦に」、アメリカが介入
ところが、フランスに変わりベトナムに影響力を持つようになったアメリカは北の社会主義に対抗すべく、反共主義者のゴ・デェン・ジェムを擁立し傀儡政権を樹立します。国民に根をもたない傀儡政権は、軍事独裁的な性格を強めるほかありません。ジェム政権もクーデターで倒され、最後は1964年1月、軍事クーデターでグエンカーン将軍が権力を掌握、いっそう民衆の支持をうしないますが、アメリカはこの政権を支持し、ベトナムへの軍事介入をますます強めて行きました。1964年8月2日、トンキン湾事件をきっかけに、翌年2月、北ベトナム爆撃(北爆)を開始、これが本格的なベトナム戦争、第2次ベトナム戦争への突入でした。
米軍機のタイヤでサンダルをつくった
ベトナム民族解放戦線
ベトナムでは、ホーチミンの率いるベトナム共産党を中心に民族解放戦線が結成され、民族の誇りと独立をかけた民衆のたたかいが南北全土に広がったのです。米国はのべ260万人の兵士を派遣、韓国、タイ、オーストラリアも派兵、日本の米軍基地や沖縄からも出撃、米海兵隊のダナン上陸、B52の南ベトナム解放区へのじゅうたん爆撃や枯葉剤の散布、北爆など、圧倒的な物量を投入して戦火を拡大しますが、ベトナム戦争は泥沼化して行きました。
1968年1月、南ベトナム解放戦線のテト攻勢が開始され、サイゴンのアメリカ大使館の一部が占領されるまでになり、南ベトナム軍の劣勢は誰の目にも明らかとなって行きました。
米軍の砲弾も武器の材料になった
世界に広がったベトナム反戦運動
アメリカは、泥沼にはまったベトナム戦争から抜け出せず、国内と世界で広がる反戦世論の強まりにおされ、ついに和平交渉の場に引き釣り出されることになりました。1968年5月、アメリカのキッシンジャー補佐官と北ベトナム側のレ・ドク・ト特別顧問の間で平和交渉がパリではじまり、1973年1月、「ベトナムにおける戦争と平和の回復に関する協定」に米国、サイゴン政権、ベトナム民主協和国、臨時革命政府(南ベトナム解放戦線)の4者が調印、停戦協定が成立します。3月29日ニクソン大統領はベトナム戦争終結を宣言し、米軍は南ベトナムを撤退。1975年4月30日、民衆の歓呼の声のなか北ベトナム軍が南ベトナムの首都サイゴンに進駐し、同日、南ベトナム政府の無条件降伏で戦争は終結したのです。
展示されていた写真
戦争の基本的性格と意義
この戦争は、戦後世界の冷戦構造のなか、アジアにおける反共の砦としてベトナムを分断支配しようとしたアメリカによる侵略戦争でした。ベトナム人民からいえば“抗米救国戦争”そのものでした。
世界の超大国アメリカとアジアの小国ベトナム。国力、戦力、物量の差は歴然、20世紀のこれまで、人類が体験してきた数多くの戦争の常識から考えれば、勝敗はあきらかな戦争でした。ところが小国ベトナムが超大国アメリカに勝利したのです。植民地支配の時代の終焉、民族自決という新しい流れ、世界の人々に時代の変化をまざまざと見せたたたかいでした。
かっての傀儡政権の大統領府。これが堕ちて戦争は終わった。いま統一会堂となっている
戦死者の数
この戦争でベトナムでは335万人が戦死(サイゴン政府軍も22万人、民族解放軍約110万人、民間人約200万人が死亡)し、その半数は子どもたちだったといわれています。米軍の側も5万8千人が戦死、30万人以上が負傷したのです。
ブッシュ政権はイラク戦争が行き詰まったのは、「軍事力が足りなかった」からだとして、米軍2万人の増派という方針を発表しましたが、どこまで許しがたきバカブッシュなのでしょうか。